本研究では,音声伝送指標(STI)を音量ボリュームのように調整することで聞き取り側の音声了解度を低下させ,結果的に話者の発話内容を不明瞭にすることで音声プライバシー保護の実現を目指す.昨年度までに,STIを陽に制御して音声を不明瞭にするためにどのような室内インパルス応答を設計すべきか検討し,制御音声をどのように音環境に呈示すれば,話者以外の人にとって聴き取りが難しく,かつそれが音環境に溶け込み,違和感がないように受聴できるかを検討した.この結果,シミュレーション上であるが,音声プライバシー保護のプロトタイプを構築することができた. 本年度は,昨年度の取り組みでわかった諸問題に取り組んだ.まず,昨年度の研究では,受聴者側のSTIを既知であると仮定して処理していたため,本年度は,雑音・残響環境におけるSTIブラインド推定法(Unoki et al. 2017)を組み込み,音声プライバシー保護を実現する仕組みに拡張した.この結果,当初の構想どおりに音声プライバシー保護のフレームワークを確立することができた.次に,残響付与によるアノイアンスの上昇を抑えるために,後部残響の長さではなく後部残響の形状を制御する方法を検討した.この結果,後部残響の形状変化に伴うSTIの算出ならびにSTIに伴う後部残響の形状を制御できることがわかった.しかし,アノイアンスの大幅な低減には至らなかった.最後に,この問題を解決するために別のアプローチとして聴覚心理的音質評価指標(ラフネスやシャープネス)に着目し,音の変調スペクトルの成分を制御することによりアノイアンスを低減できるか検討した.その結果,変調スペクトル処理による計算を必要とするが,アノイアンスの低減にはつながることがわかった.計算時間の削減については,今後継続して検討しなければならない.
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