研究課題/領域番号 |
16K12476
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研究機関 | 北陸先端科学技術大学院大学 |
研究代表者 |
田中 宏和 北陸先端科学技術大学院大学, 先端科学技術研究科, 准教授 (00332320)
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研究分担者 |
神原 裕行 東京工業大学, 科学技術創成研究院, 助教 (50451993)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | シナジー仮説 / シナジー操作法 / 計算論的モデル / スキル獲得 |
研究実績の概要 |
従来研究では実験データからのシナジー抽出に留まっていたのに対し、本研究ではシナジー運動制御仮説に基づきシナジーを操作することで「脳がシナジーを用いて身体運動を表現し制御する」ことを検証する。初年度は計算論モデルの構築とシナジー操作実験環境の構築を同時並行的に行う。実験面では、実験環境の構築を行い、本提案の基となったBergerらの仮想手術課題を追試した。そこでは仮想現実下で筋の様々な付け替えを行い、被験者がその付け替えをどのように学習するかで、シナジー仮説を検証する。シナジー基底で学習可能な力場を課すcompatible条件と学習不可能な力場を課すincompatible条件での実験を行い、先行研究と同様の結果を得ることができた。 一方、理論面では先行研究では明確にされていない問題点が明らかになった。仮想的に筋を付け替えることで、それらの筋の作用を記述するモーメントアームも変更を受ける。数値シミュレーションでは仮想手術前と後のモーメントアームのどちらを用いるかで、被験者が新しい筋の配置を学習できるかどうかが決まることが分かった。仮想手術前のモーメントアームの値を用いるとどちらの条件でも学習できないこと、手術後のモーメントアームを用いるとどちらの条件でも学習できることが示された。これは脳が特定の筋活動の組み合わせを用いるとするシナジー仮説だけでは説明できず、そのモーメントアームも学習しないといけないことを示している。これはいままでのシナジー研究で見過ごされてきた問題点であり、本研究で初めて明確にされた点である。 上記にまとめたように、実験環境の構築・動作確認・先行研究の追試と順調に進んでいる。また、理論面でも数値シミュレーションを通して今までのシナジー仮説で明確に議論されていなかった問題点を抽出し、脳の身体制御メカニズムに関する洞察を得ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
実験面では、シナジー操作実験を行うために、筋電計測装置や力計測センサを用いた実験システムを東京工業大学の川瀬利弘・特任助教の協力のもとに構築した。実験システムの動作確認と先行研究の追試のために、Berger et al. (2013)と同様の条件の仮想手術課題実験を行い、Berger et al. (2013)と同様、compatible条件では適切な筋活動が獲得でき、incompatible条件では適切な筋活動が獲得できないことが確かめられた。一方、理論面では、筋シナジー獲得の脳内メカニズムに関する計算論的モデルを検証するため、運動誤差を基にしたいくつかの筋活動調節アルゴリズムを用いて仮想手術課題を計算機上でシミュレーションした。その結果、各筋肉が発揮する力の方向(筋肉のモーメントアーム)として、手術前の情報を用いて学習を行った場合ではcompatible条件においても適切な筋活動が獲得できないこと、手術後の情報を用いて学習を行った場合ではcompatibleとincompatible条件ともに適切な筋活動が獲得できてしまうことが確かめられた。 これらの結果は、Berger et al. (2013)のシナジー仮説と相容れないものであり、運動誤差を基にした筋活動調節アルゴリズムが脳内で行われていると仮定した場合には、運動誤差を筋肉の活動誤差に変換するために用いられる筋肉のモーメントアームの情報として、手術前後の実際のものが用いられているわけではないことが示唆される。一方、筋活動だけでなく、筋肉のモーメントアームもタスクを実行中に獲得する学習アルゴリズムを用いたシミュレーションを行った結果、incompatible条件において、適切なモーメントアームを獲得することが難しいこと、それに関連して適切な筋活動の獲得が難しいことが確かめられた。
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今後の研究の推進方策 |
上記に述べた通り、実験環境の構築・検証は終了し、実験面での進捗は順調である。さらなる計測のため、今年度は筋電のチャンネル数を追加し、より多くの筋におけるシナジー表現を調べる。 理論面においては、昨年度のシミュレーション実験によって、運動誤差を基にして適切な筋活動を獲得するためには、適切なモーメントアーム情報が必要となるが、実験条件によってはそれが獲得できない可能性が示唆された。新たな筋シナジーを訓練によって獲得させるには、運動誤差を基にした学習に用いるための適切なモーメントアーム情報を獲得させる訓練方法あるいは、運動誤差を基にした学習以外を促進させるための訓練方法が示唆される。そこで、本年度は、詳細な数値シミュレーションを基に、運動誤差で適切なモーメントアームが学習できる条件を探索する。さらに、運動誤差以外の教師信号、例えば運動報酬を基にした学習則でモーメントアームが学習できるかどうかを検討する。これら理論面での検討に基づき、昨年度構築した実験環境で、モーメントアームの学習が可能かどうかを心理物理実験で検証する。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年度の実験環境の構築と検証に関しては、従来保持していた機材で十分賄うことができた。しかし、筋電のチャンネル数を増やし、より多くの筋で本実験を行う必要がある。したがって、今年度の予算で追加の筋電計を購入し、実験環境を充実させる。
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次年度使用額の使用計画 |
今年度はDelsys社製のtrigno筋電システムを8個購入する。
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