本研究では、北太平洋亜熱帯域の亜表層クロロフィル極大層(SCM)付近における亜硝酸塩極大の形成状況を把握するとともに、現場のプランクトン群集を用いた船上培養実験を行い、亜硝酸塩の蓄積に関わる窒素循環に及ぼす鉄の影響を明らかにすることを目的とした。 北太平洋亜熱帯域の北緯23~24度の東西観測線において高分解能鉛直採水を行い、栄養塩濃度や微生物群集遺伝子等の断面観測を行った結果、SCMと硝酸塩躍層の深度がほぼ一致すること、亜硝酸塩極大はSCMの5~25 m下層にみられることが明らかになった。また、アンモニア古細菌(AOA)と亜硝酸酸化細菌(NOB)が主にSCMの下層に同所的に存在し、相対的に前者の存在割合が高いこと、西側海域ではNOB/AOA比が増加傾向を示し、NOBによる亜硝酸酸化が相対的に強化されていることがわかった。 さらに、この観測線上の東西の2測点において植物プランクトン窒素代謝への鉄と光の影響を調べるため鉄添加培養実験と、微生物硝化を調べるための窒素添加培養実験を実施したところ、両測点ともに鉄添加によってクロロフィル濃度が増加したことから、現場の植物プランクトン群集は鉄制限状態にあったと判断された。亜硝酸塩極大とSCMが近接していた東の測点では、鉄無添加+弱光区における亜硝酸塩濃度が他の実験区の3倍以上増加し、鉄および光制限を受けていた植物プランクトンからの亜硝酸塩放出が、亜硝酸塩極大の主な形成要因となっていた可能性が示された。一方、亜硝酸塩極大とSCMが離れていた西の測点では、鉄無添加+弱光区で亜硝酸塩濃度が僅かに増加したものの、いずれの実験区においても硝酸塩および亜硝酸塩の消費傾向が強く表れていたことから、東部海域と比べて植物プランクトンの窒素代謝への鉄制限の影響が弱いことが示唆された。
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