研究課題
DNA損傷はDNA複製を経て変異に変換される。DNA複製はリーディング鎖合成とラギング鎖合成があり、後者は複製ポリメラーゼδ(Polδ)、後者は複製ポリメラーゼε(Polε)が関与する。DNA損傷が変異に変換される分子機構は、リーディング鎖合成とラギング鎖合成のそれぞれで異なると想定されているが、その異なる分子機構は未解明である。変異は、リーディング鎖合成とRNA転写が衝突することによって起る場合もある推定されている。しかし、複製の方向が不明であるが故にゲノムのどこで衝突が起こるのかが未解明である。DNA複製を標的にするがん治療によって多数の複製フォークが進行停止した時に起こる、普段は使われていない複製起点が活性化する。この活性化機構についても未解明である。本研究の目的は、ヒト細胞(TK6)ゲノム全体で複製起点と終結点とを決定する手法を開発して、 TK6のすべての複製起点と終結点を決定することにある。決定できれば、上記の未解明の問題を解決できる。分裂酵母では、T. Carr博士(英国・サセックス大学、ゲノム研究所長)らによってゲノム全体で複製起点と終結点とが決定された。T. Carr博士は、PolδもしくはPolεがRNAの材料に成るリボヌクレオチド(rNTP)を効率よく取込むようにPolδ遺伝子とPolε遺伝子に変異をノックインした。さらに取込まれたrNTPがゲノムDNAからすぐに排除されないように、RNaseH2酵素を遺伝子ノックアウトにより不活性化した。我々は、T. Carrが分裂酵母で作製したPolδ、Polε、RNaseH2の各ミュータントに相当するヒトTK6ミュータントをゲノム編集によって作製した。そしてRNaseH2ミュータントは病的で本実験に使えないことが判った。「今後の研究の推進方策」の章に記載するように、この問題を克服できる。
2: おおむね順調に進展している
以下の通り当初H28年度に予定した細胞を創った:1.複製中にrNMPの取込みやすいミュータント細胞酵母複製ポリメラーゼは、rNTPも含め、間違ったヌクレオチドを取込んだ場合にすぐにそのヌクレオチドを除去する校正機能をもつ (DNA Repair (Amst) 2013, PMID: 23245697; DNA Repair (Amst) 2012, PMID: 22682724)。我々は、複製ポリメラーゼの校正機能を破壊した細胞(Polδmt細胞とPolεmt細胞)を完成した。2.RNAseH2欠損TK6細胞我々は、RNAseH2遺伝子を完全欠損したTK6細胞を創り、その細胞が病的なことを確認した。よって本研究には使えないと結論した。そこで、我々はRNAseH2条件変異TK6細胞を、オーキシン誘導デグロン(AID)システムを使って作製した。AIDシステムとは、オーキシンを培養液に添加すると、狙ったタンパク分子のみの急速に分解をゲノム編集で実現する手法である。この手法をRNAseH2に応用してRNAseH2条件変異TK6細胞を作製した。この細胞は、以下に説明するように、必要なくなった。以上の研究を遂行中に、rNTPと類似のヌクレオチドに校正機能を破壊した細胞を短期高濃度曝露すれば、リーディング鎖とラギング鎖を選択的に類似ヌクレオチドで高密度ラベルすることを着想した。そして類似ヌクレオチドとして抗がん剤、シタラビン(Ara-C)が使えることを確認した。ゲノムに取込まれたAra-CMPは、ゲノムに取込まれたrNMPと同様に、ゲノムDNAを精製してアルカリ処理すると切断される。すなわち我々が作製済みの上記ミュータントを短期高濃度Ara-C曝露することによって、当初の研究目標を達成できる。以上から、H28年度に当初予定した計画を遂行したと自己評価する。
当初計画は、複製中にリーディング鎖もしくはラギング鎖特異的にrNTPを継続的に取込ませることであった。酵母では継続的に大量のrNTP を取込ませても問題はなかったが、一方RNAseH2欠損TK6細胞が非常に病的で死細胞が多く混じった。ヒト細胞は、ゲノム長が酵母と比べ3桁以上長いにもかかわらず、細胞あたりごく少数のDNA損傷で細胞死が起こす。この事実から、ヒト細胞では酵母と同じ手法(継続的に大量のrNTP を取込ませる)を採用することは不可能であり、RNAseH2欠損TK6細胞は不要と結論した。我々は、抗がん剤、Ara-Cを短期高濃度曝露するという新しい手法を開発した。30分程度の高濃度Ara-C曝露であれば、細胞の生存率を低下させることなく(ゲノムDNAを非特異的に切断することなく)、高密度にリーディング鎖もしくはラギング鎖特異的にAra-Cラベルができることが判った。Ara-Cラベルされた部位はアルカリで千切れやすいことが判っている。今後の計画では、実際に「Ara-Cラベル→ゲノムDNA抽出→アルカリ処理→末端にオリゴDNAを付けそこにプライマーをハイブリ→DNAシークエンスを実施」の実験を行う。この段階は、実験手法が確立されておらず試行錯誤を繰返す必要が有る。細胞を同調培養し、G1→S期の移行期にAra-Cラベルすることによって、S期の最初に使われる複製起点をまず決定したい。
本研究で最も経費がかかる実験は、DNAシークエンスである。試行錯誤の段階ではどれだけコストが膨らむか不明なので、次年度に繰越した。いったん実験条件が確立したら、T. Carr博士が大規模なDNAシークエンスを実施することになっている。
「Ara-Cラベル→ゲノムDNA抽出→アルカリ処理→末端にオリゴDNAを付けそこにプライマーをハイブリ→DNAシークエンスを実施」の実験を行う。
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Oncotarget
巻: 8 ページ: 33457-33474
10.18632/oncotarget.16508