東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故(以降福島原発事故)後の小児甲状腺超音波検査で、極めて高い頻度で甲状腺がんが報告されている。これらの甲状腺がんが、被ばくの影響であるかどうかを判断する一助として、細胞に残る放射線痕跡の同定が極めて重要である。そこで本研究では、甲状腺がんのdriver変異であるキナーゼ遺伝子融合変異が、放射線分子痕跡として被ばく細胞内に誘発されるかどうかを検証するための、定量的遺伝子変異検出系の樹立を試みた。まず、differential RT-PCRの実験条件を決定するために、PCRの初期条件として、変性および伸長反応の温度をそれぞれ95℃と72℃に固定し、プライマーのTm値を考慮しながら、ハイブリダイゼーション温度を検討し、最適のプロトコールを模索した。また、RT-PCR増幅曲線からCt値を算出し、3’プライマーのサイクル数が少なくとも25よりも小さく、5’プライマーと3’プライマーのCt値の差が少なくとも2以上になるプライマーペアを選択するように計画した。甲状腺乳頭がん細胞株であるTPC-1より得られたRNAから作成したcDNAを用いて検討した結果、3’プライマーのCt値が25程度なのに対し、5’プライマーによる値は30を超えることがわかった。TPC-1は、RET/PTC1をドライバー変異として有することが既にわかっており、本検出系が十分な検出感度を有していることが示された。そこで次に、甲状腺初期化細胞から回収したRNAからcDNAを作成し、TPC-1由来のcDNAと様々な比率で混合して、3’プライマーの選択的増幅を検討した結果、1:1000程度の希釈までの標本で検出が可能であることが明らかになり、本遺伝子変異検出系が、放射線照射による融合型遺伝子変異生成評価に有用である事が示された。
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