研究課題/領域番号 |
16K12625
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研究機関 | 福山大学 |
研究代表者 |
満谷 淳 福山大学, 生命工学部, 教授 (80309632)
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研究分担者 |
北口 博隆 福山大学, 生命工学部, 准教授 (10320037)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 殺藻細菌 / 殺藻メカニズム / プログラム細胞死 / アポトーシス |
研究実績の概要 |
有明海から分離したシュードアルテロモナス属細菌A25株と無菌培養の珪藻スケレトネマ・コスタツム NIES-324株とを二者培養し、ニュートラルレッド及びDAPIでそれぞれ染色した珪藻細胞を無染色の細胞と併せて経時的に観察した。その結果珪藻細胞の変化として、まず殻から細胞膜が剥離する様子が見られ、その時点でニュートラルレッドで染色されなくなることが分かった。細胞膜の殻からの剥離が起きた時点で珪藻細胞は死に至っていることが示唆される。それからやや遅れてDAPIで染色された核の青色蛍光の退色が進み、DNAの分解が起きていることが示されたが、植物細胞のプログラム細胞死の場合と同様にクロマチンの凝縮は観察されなかった。また核DNAの分解と並行して珪藻細胞内の膜系の破壊が進行し、最終的には殻の内側に細胞内容物が凝縮した小さな残渣のみが見られる状態に至った。高等植物の細胞では、細菌やウイルスに感染すると液胞膜が内部から破られ、さまざまな分解酵素が細胞内に放出されて細胞内が破壊され内容物が凝縮されることが明らかにされているが、単細胞の植物である珪藻の細胞においてもA25株の攻撃により同様のプログラム細胞死が起きている可能性が示唆された。 また、A25株とNIES-324株を膜で隔てて二者培養しても珪藻の細胞が同様の過程を経て死滅したことから、A25株が細胞外に放出する何らかの物質の作用により珪藻細胞の死滅が起きることが確かめられた。そこで、A25株の細胞を培養により集め、凍結・融解を繰り返すことによりペリプラズムタンパク質を溶出させ、粗酵素液を得た。この粗酵素液を無菌培養の珪藻スケレトネマ・コスタツム NIES-324株に作用させたところ、A25株の生菌をNIES-324株に作用させた際と同様に珪藻細胞内の膜系の破壊と核DNAの分解が進行し、細胞内容物が凝集することを確認できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
A25株細胞のペリプラズム画分を抽出して得られた粗酵素液を陰イオン交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、ゲルろ過等により精製しようと試みたが、珪藻スケレトネマ・コスタツム NIES-324株を死滅させる活性、およびその活性の指標として用いたプロテアーゼ活性が各クロマトグラフィーの段階において複数のピークに分かれて溶出した。また、最も活性の高いピークを追って精製を進めたところ、得られた部分精製酵素を珪藻(NIES-324株)細胞に作用させると、A25株の生菌をNIES-324株と二者培養した場合と比べて珪藻細胞の死滅の様子が異なっていた。このため、平成28年度には目的とした珪藻細胞のプログラム細胞死を誘導する酵素の精製達成には至らなかったとともに、単一の酵素のみではなく複数の酵素が連携して珪藻細胞のプログラム細胞死を誘導している可能性も考えられる状況となった。そこで完全精製を目指す実験を一旦中断し、精製酵素の代わりに粗酵素液をNIES-324株の細胞に作用させ、平成29年度に予定していたA25株が産生する酵素の作用による珪藻細胞の溶解過程の経時的な観察を実施することとし、上の項目で述べた知見を得ることができた。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度には、引き続きA25株細胞のペリプラズム画分を抽出して得られた粗酵素液を用い、珪藻スケレトネマ・コスタツム NIES-324株の細胞の溶解過程について、細胞膜や核の細胞内小器官に起きる変化を詳細に検討し、珪藻細胞の死滅がプログラム細胞死であるかどうかについて検証を進める。また、平成28年度に達成できなかった目的酵素の精製を目指すが、こちらについては上の項目で述べたように活性が多数のピークに分散することから困難が予想されるだけでなく、複数の酵素が連携して珪藻細胞のプログラム細胞死を誘導している可能性も考えられ、その場合にはそれぞれのピークについて酵素の精製を達成し、それらの組み合わせを試験する必要などが生じ、研究時間を大幅に取られる事態も考えられる。 そこで、目的酵素の完全精製だけにこだわらず、殺藻細菌を用いた珪藻赤潮防除技術の実用化に向けた研究を並行して進める。我々は、開放流動系である沿岸海域において殺藻細菌を赤潮防除に用いるためには、A25株を包括固定化した高分子担体を利用することが有効ではないかと考えている。包括固定化担体は殺藻細菌のシードとして作用するとともに、ノリ養殖海域において局所的に殺藻細菌の細胞密度を高く保つことにも効果的にはたらくことが期待できる。 そのために、まず海洋環境で容易に溶解もしくは破壊されることなく、持続的に形態を維持することができる高分子担体を検討する。次に、その高分子担体にA25株を包括固定化し、スケレトネマ・コスタツム NIES-324株のプログラム細胞死誘導活性の確認を行ったのち、フラスコレベル、水槽レベルと段階的にスケールを上げて、珪藻赤潮防除シミュレーション実験を実施したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度に予定していたA25株が産生する珪藻細胞のプログラム細胞死を誘導する酵素の完全精製を目指す実験を一旦中断し、A25株のペリプラズム空間から抽出した粗酵素液を作用させた場合の珪藻細胞の死滅過程を経時的に調べる実験を平成29年度から前倒しで実施したため、酵素の精製並びに精製酵素の性状を調べる実験に必要な試薬等の消耗品の購入を行わなかったことにより、物品費の支出が当初予定よりも若干少額となった。 また、日本水産学会春季大会において本研究に関連する内容の発表が学会前半に集中していたため、同学会の聴講のための出張日数が当初の予定より短くなったことにより、旅費の支出額が予定より若干少額となった。
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次年度使用額の使用計画 |
平成29年度には、A25株の産生する酵素の完全精製を目指し、そのために必要な試薬・消耗品を購入する。また、A25株を高分子材料に包括固定化した担体を用いたシミュレーション実験を行うことを計画しており、そのための試薬・器具類を購入する。 また、平成29年度には本課題の成果についての発表を水産学会春季大会において行うこと、また同じく成果を1編の学術論文として発表することを計画しており、そのための経費を支出する予定である。
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