鉱物中のウランやトリウムがα壊変する際に,親元素が反跳することによって結晶中に傷が生じると考えられており,αリコイルトラック(ART)と名付けられている。ウラン濃度が比較的高いジルコンでART年代測定が確立できれば,数百年~数万年オーダーの年代決定が可能になり,歴史時代の様々な考古学的,地質学的,環境学的イベントの解明に寄与できる。申請者らは原子間力顕微鏡(AFM)を利用してジルコンを観察し,無数にある浅いくぼみを発見した。本研究はこのくぼみがARTであるかどうかを確定し,ART年代測定法を確立する事を目的として実施している。申請時に年代既知テフラとして分析対象にしていた試料のうち,中国・北朝鮮境界に位置する白頭山から約10世紀に噴火したテフラは,聖なる山として試料の持ち出しが許可されず計画変更を余儀なくされた。しかし試料の提供を受けられる可能性が出てきたため,実施期間を1年延長して研究を行なった。鉱物分離を行なったところ,十和田八戸(約13 ka)や鬼界アカホヤ(約7ka)の広域テフラの起源火山岩同様,ジルコンがほとんど産出せず,テスト試料としては不適切であることが判明した。 予定していた観察実験ができなくなったので,当初計画には入れていなかった追加の実験を行なった。試料調整において,ジルコンをテフロンに埋め込んで諸々の実験に供していたが,実験を行うにつれて,テフロンが静電気を帯びやすいことが,AFM観察にマイナスの効果をもたらすことがわかってきた。ジルコンでは放射線による傷を可視化するために実施するエッチングが強力であることから,テフロン以外の埋め込み法はこれまで評価されてこなかった。そこでスライドガラスへの樹脂による貼り付けなどの埋め込み法の吟味,エッチング剤の吟味,エッチング温度の吟味を行い,テフロンを利用しない試料調整法を提案した。
|