本研究は、災害時の緊急避難行動にみられるヒューマン・エラーを進化心理学の観点から捉え直すことで、その基本特性および制御方法を解明することを目的とした。災害時に人的被害が拡大する要因として、自己防御よりも、情報収集や家族保護、職務遂行などの社会的行動を優先してしまう心理的傾向を指摘できる。こうしたヒトの心の脆弱性は、進化心理学的にみれば、①緊急時でも、自己防御とは別種類のヒューリスティックスが喚起されやすいこと、②その多くが、自然災害ではなく集団間抗争によってデザインされたことにに由来していると考えられる。さらに、③現代社会では、生活空間の機能分化によって、血縁集団の生活が分断化されているために、緊急避難行動がより複雑化している。本研究では、このようなヒトの心の脆弱性と現代社会状況に着眼して、新たな防災・減災科学の創出に挑戦した。 上記の目的を達成するために、本研究では、マクロデータの2次分析と生理的指標を用いた実験研究の2つの研究方法を用いた。マクロデータとしては、東日本大震災にかんする国交省の避難行動調査と宮城県の避難者健康調査の2次分析を行い、避難行動に性差や年齢特異性がみられることを明らかにした。とくに、「田んぼを見に行く」ようなスカウティング行動は、20歳代と60歳代の男性に典型的にみられ、性選択と血縁選択が2重に影響していることが示唆された。 他方、生理的指標を用いた実験的研究に関しては、心拍計とアミラーゼ測定器を用いた緊張場面での認知や選択の歪みの測定を試みた。しかしながら、倫理的な制約もあり、動画の提示による緊張場面の再現自体が、なかなかうまくいかなかった。この点に関しては、今後の研究で再挑戦を試みたい。
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