腹腔鏡手術は開腹手術と比較して,手術創を微小にでき,出血や痛みを少なくできる低侵襲性の点において有利である.しかし腹腔鏡手術においては,治療部位に関係のない臓器を押しのける圧排操作が難しいという課題がある.本研究課題では,術野を狭めることなく,かつ容易に臓器を圧排できる,腹腔鏡手術用の臓器圧排器具を新規に提案する.提案する臓器圧排器具は,平面と立体とを可逆変化する構造に基づいて設計,開発する. 平成30年度においては,腹腔鏡手術の中でも,鏡視手術の安全制を高め,かつ超音波画像の多角的利用を可能にする方法として提案されている,水中腹腔鏡手術に着目した.この手法は,生理食塩水を腹腔内にて持続灌流しながら治療を行う方式である.灌流によって腹腔内の生理的環境を保持できるため,炎症性反応の抑制や臓器の機能温存への効果が期待できる手法である.水中腹腔鏡手術では,生理食塩水によって臓器に浮力が働くため,臓器圧排に要する力,すなわち臓器圧排器具に求められる構造強度が,一般的な腹腔鏡手術よりも弱くなる.この点に着目し,本研究課題において,水中腹腔鏡手術用の臓器圧排器具の試作を行った.試作品の素材として今回は,透明かつ入手の容易性から,ポリエチレンナフタレートとポリエステルを採用した.素材の厚さとして0.100mm,0.125mm,0.188mmの3種類を選択した.素材と厚さの異なる6種類の試作品を量産して,その強度と臓器圧排器具としての有効性を評価した.その結果,今回採用した素材においては,素材の性質よりもその厚さの方が,臓器圧排器具の性能に大きく影響することが分かった.厚さ0.188mmの素材で構成した臓器圧排器具であれば,水中腹腔鏡手術において臓器圧排に必要となる力の指標である,4Nの外圧に十分耐えうることを実験的に確認できた.
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