黄色ブドウ球菌は自らが分泌する細菌間シグナル伝達物質(AIP)の細菌外濃度の上昇に伴い病原性を発現する。そのAIP産生能はpositive feedback機構を実装するAGR systemにより調節される。故に、治療着手の遅れは感染症の難治化を招く。また、黄色ブドウ球菌の感染症治療では、薬剤耐性菌出現の観点から抗生物質の多用が禁忌とされ、これもまた、難治化および感染拡大の要因となる。このような背景の下、世界中の医療機関において、1)黄色ブドウ球菌病原性発現の予兆の逸早い捕捉、2)短期かつ低投与量の抗生物質治療による感染症の沈静化、の双方を実現する超早期発見・超早期治療の新しい診療システムの開発が求められている。本研究では、合成システム生物学的アプローチを用いて、これら2点の解決の実現可能性を検討した。 まず、決定論的数理解析法を用いて黄色ブドウ球菌の増殖と病原性発現の関係を定量的に精査した。次に、確率的数理解析法を用いて、細菌数が増加する期間の細菌内AGR system構成因子の動態を定量的に評価した。そして、細菌数が10^3個/mLから10^4個/mLへ増加する期間において、細菌内のAIP前駆体濃度に顕著なゆらぎを特定した。このゆらぎのピーク時刻は細菌外液中病原性因子濃度の上昇発生時刻の約5時間前であり、このゆらぎは病原性発現(状態遷移)の予兆と見なされた。そして、このゆらぎの発生を抑制する方策は感染症の早期治療になり得ると考えられた。最後に、Agr systemと同様の動特性を有する遺伝子発現系を大腸菌に実装し、GFPタンパク質を用いてその遺伝子発現動態を観測した。そして、数理解析で得られたゆらぎと状態遷移の関係を確認した。以上の成果は、AIP前駆体濃度のゆらぎを指標とした「黄色ブドウ球菌感染症の超早期発見と超早期治療」の実現可能性が高いことを示した。
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