研究課題/領域番号 |
16K13104
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
田中 克典 国立研究開発法人理化学研究所, 田中生体機能合成化学研究室, 准主任研究員 (00403098)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 生体分子 / 糖鎖 / 細胞 / 認識 / 有機化学 |
研究実績の概要 |
医療診断分野において、生体内に多数存在する細胞群から、特定の細胞だけを高度に見分ける新手法の開発は重要である。これまで、見分けようとする細胞表面に発現する1種類の受容体に「強く」相互作用するリガンド分子(抗体やペプチドなど)が用いられてきた。しかし、「強く」相互作用するリガンド分子を用いると、標的細胞以外のあらゆる細胞や器官にも吸着し、検出の選択性の低下に繋がっていた。そこで報告者は、細胞表面の受容体に対するペプチド分子の「強い」相互作用と糖鎖の「弱い」相互作用を同時に働かせ、さらに両リガンド分子同士を細胞表面で官能基選択的に化学結合させることにより、標的の細胞を高感度かつ選択的に実現する手法を草案した。 まず、本戦略の妥当性を検証するため、HUVEC細胞(ヒト臍帯静脈内皮細胞)表面上の受容体、aVb3インテグリンに対して「強く」結合するRGDペプチドを結合させた。次に、別の受容体であるPECAMレクチンに対して「弱く」結合するa(2,6)-シアリル化糖鎖を蛍光標識して作用させ、細胞表面で2つのリガンド同士を化学反応させた。その結果、aVb3インテグリンしか持たないHeLa細胞比較して、2つの受容体を持つHUVEC細胞のみを高い精度で選択的に可視化することに成功し、本法の有効性を実証した。 一方、多くのがん細胞にはαVβ3インテグリンが高発現している。さらに様々な糖鎖を認識するレクチン(弱い相互作用)が特異的に発現しているため、「強い」認識としてRGDペプチド、および「弱い」認識として糖鎖リガンドの両者を活用してがんを選択的に区別することを検討した。すなわち、これらリガンドを順に作用させた後、表面で共有結合させることで、細胞選択性を得るためのコンビネーションをいくつか見出し、数種類のがん細胞を見分けることに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず初年度では、「強い」相互作用と「弱い」相互作用の両者を使った細胞選択的な認識法を開発し、これをこれまでは見分けられなかった細胞を区別することに成功した。本法の優位性を明確に示すことができた。さらに本法により、数種のがん細胞から特定のがん細胞を見分けることにも成功した。当初予定していた多数のがん細胞の選択的認識、動物実験までは完成させることができなかったが、既にがん細胞の用意と数種のがん細胞をマウスの特定部位に播種したモデルを作成している。現在、多種のがん細胞に対応できる糖鎖の供給と活用、ならびに動物実験での検証を進めており、これらの成果から、研究はおおむね順調に進展していると評価する。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度に続けて、さらに11種類のがん細胞を用いて、これらに選択的な「弱い」糖鎖構造をシステマティックに検討し、それぞれのがん細胞を選択的に区別する。さらに細胞選択性の結果をもとに、数種のがんをマウスの足、および首付近にそれぞれ播種した動物モデルに対して、インビボで適応可能かどうかを検討する。すなわち、「強い」相互作用を起こすRGDペプチドをまず静脈注射によって生体内でプレターゲティングし、その後、細胞実験で見つかった「弱い」相互作用を持つ標識糖鎖を続けて静脈注射する。マウスの標的がんの部分で官能基選択的反応を起こし、望むがん部位を選択的にイメージングできるかどうか検討する。 一方、肝臓を構成する非実質肝細胞の1つである星細胞(伊藤細胞とも呼ばれる)は、肝臓の繊維化や肝硬変を引き起こす鍵の細胞である。従って、この活性化された細胞を高度に認識し、速やかに排除することは、現在の診断(イメージング)・治療分野における最も重要課題の1つである。しかし現状では、星細胞のレチノイン酸受容体を標的とした方法以外に有効なものがほとんどない。この細胞を認識することは現在の分子認識研究の中で難しいテーマの1つである。 一方、星細胞にもaVb3インテグリンが高発現しており、最近、さらに東工大のグループおよび報告者は、星細胞が活性化すると細胞骨格を構築するデスミンやビメンチンが細胞表面に露出し、弱いながらもGlcNAcを選択的に認識するレクチンとして機能することを見出した。そこで、「強い」相互作用としてRGDペプチド、ならびに「弱い」相互作用としてGlcNAを末端に持つ天然N-型糖鎖を併用して星細胞表面でその共同相互作用を働かせ、活性化星細胞を選択的に認識する。さらに、四塩化炭素で誘起した肝硬変モデルマウスを用いて、インビボで本手法を用いた選択的イメージングを初めて実現する。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度では、当初、多数のがん細胞を選択的に認識し、さらにモデル動物を使用してがん組織を選択的にイメージングすることを予定していた。しかし、多数のがん細胞の用意と数種のがんモデルマウスの準備、ならびにその実験施設の設置の対応で研究を完成させることができなかった。そこで、これらの研究で使用を予定していた研究費を次年度に繰り越して使用する。
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次年度使用額の使用計画 |
既に平成28年度で確立したがん細胞株を用いて、それぞれを選択的に認識する。また、作成したがんモデルマウスを用いて、特定のがんの選択的な分子イメージングを行うために使用する。
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