前年度(平成29年度)のインド調査で得られた「シュラウタ・チャダンガ」手書き諸写本のうち、アグニホートラ章のテキスト校訂と和訳を、目下全体の3分の2程度まで進めた。その過程では、写本の言語であるマラヤーラム語の儀礼用語など、公刊された辞書類に収録されていない単語・表現の意味確認が必要となった。そこで平成30年8月に、南インドのポンディシェリ連邦直轄地にあるフランス極東学院ポンディシェリ支部に出張し、ケーララ、タミルナドゥ両州を中心とする南インド儀礼研究者らに写本の語句・書字について討議する機会を持った。 そうした研究活動の中間報告として、平成30年9月に開催された日本印度学仏教学会学術大会(東洋大学)ではパネル部会「現代インドにおけるヴェーダ祭式の文化的・社会的プレゼンス:ケーララ州の事例から探る」(パネル代表者・手嶋英貴)において、「ヴェーダ伝承者たちと儀軌文献:祭式を維持する文化的・社会的基盤」と題する報告を行った。そこでは、「バウダーヤナ・シュラウタ・チャダンガ」からアグニホートラ章の冒頭部を取り上げ、原文およびマラヤーラム語文法の詳細な注記と和訳を示した。それと同時に「バウダーヤナ・シュラウタ・スートラ」の当該個所の原典および和訳を示して記述内容の違いを確認した。その上で、現地で撮影された実際のアグニホートラ祭の映像を紹介した。これにより、現代のヴェーダ祭式が、実際には古代のヴェーダ文献に直接依拠するのではなく、チャダンガに基いて実行されている事実を具体的に示した。この報告を通じて、従来は学界においてほぼ未知の存在であったシュラウタ・チャダンガの実像を、それを研究することの意義と併せて、多くの研究者に理解してもらうことが出来たと考える。
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