本研究の目的は、ドイツにおけるトルコ系移民の人々が、ホスト社会の中でどのように自国の音楽を捉え、受け継ごうとしているのかを検証しようとするものである。1970年代以降、ドイツ各所に生まれていったトルコ・コロニーでは、トルコ古典音楽やトルコ民俗音楽など、いわゆる「トルコ音楽」が受け継がれてきた。本研究では、とくにこうした音楽がどのようにトルコ系移民の人々の間で受け継がれているのか、その実態を現場に基づくミクロ的視点から検討し、文化接触や音楽変容にかんする新たな視座を提供することを目指すものである。 上記の目的のため、本研究では、ドルトムントおよびベルリンの計三つのトルコ系移民の音楽教授組織において、とくにトルコ民俗音楽の伝承実態の調査をおこなった。そこから明らかになったことは、いずれの組織においても、トルコ民俗音楽の教授の方法とその内容が、西洋音楽を意識した音楽教師の「選択」によって成立する傾向であった。五線譜に記された音符を厳守したり、西洋音楽の発声法を教授しながら民俗音楽を教えることは、トルコにおいては一般的ではない。さらに民俗音楽に付随する地方様式(歌唱や奏法にもかかわる)にかんするメタ的な認知も、トルコ系移民の間で共有されているとは言い難く、ここに教え手側や学び手側の葛藤や試行錯誤があることがみえてきた。 口頭で伝承されてきた民俗音楽の「変形」と、その「正統性」の間の問題については、これまでもトルコ国内でたびたび議論されてきた。ドイツにおけるトルコ系移民の間における民俗音楽の伝承は、「ドイツ/トルコ」という二重性の中での「伝統」の解釈と再編の問題となると考えられる。今後はこれらの問題を、外的要件(音楽組織や社会制度、楽器などの物理的制約)などを加味しながら検討することが求められる。
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