本年度は昨年度に引き続き、音楽家の身体性理解のかなめとなる概念であるアレクサンダーテクニークについては、国内外で数多く調査を行い理解を深めることができた。具体的には5月初旬静岡御殿場でのミートンプソン氏、ナンシーウィリアムソン氏、ジェレミーチャンス氏、ビルウォッシュ氏、片桐ゆずる氏の集中ワークショップ、6月下旬のアメリカシアトルでのキャシーマデン氏の集中ワークショップに参加し、楽器演奏の際の身体の使い方について様々なアドバイスを受けた。(その記録はすべて映像で残している。上記以外の国内での参与観察は月平均2回ほどの頻度でおこなった)。その結果このアレクサンダーテクニークはつまるところ、身体の問題は、身体だけではなく周囲の環境とのつながり方によって左右されるものであることに思い至った。実はこの考え方は民族音楽学では既知であるミュージキング概念に非常にちかい。アレクサンダーテクニークもミュージッキングもともに、音を音としてだけとらえようとするのではなく、まずは身体、そして身体以上にそれを包み込む環境全体と音楽を考えようとしているという点において非常に近いものがある。この気付きに基づいて、本研究は、演奏家コミュニティという環境のなかで、個々人は即興の技能をどのように発達させているのか。集団が持つ多層的秩序の網の目という環境の中で、一個人がどのように他者との相互行為によって、即興演奏というコミュニケーション形態を発達させているのかを探るという、身体性という本研究のテーマを含むより上位の研究概念の設定へと至り、8月~9月にはイランにおいてはサントゥールはアルダヴァーン・カームカール、スィヤーヴァシュ・カームカールの各氏、ネイはファルハード・ビーナーイー氏キャマーンチェはチャカード・フェシャーラキー氏の各氏から各楽器の身体性に関する情報収集を行った。
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