研究実績の概要 |
平成28年度はロンドンに二度出張し、大英図書館で資料の探索と収集を行った。大英図書館の方針が転換し、著作権保護対象外の文献については、研究利用を目的とするという条件でデジタルカメラによる撮影が許可されたので、ウォルター・クレインの一次資料を画像データとして集めることができた(Walter Crane's Toy Books, Routledge's Coloured Picture Book, The Buckle My Shoe Picture Book, Beauty and the Beast Picture Book, The Song of Sixpence Picture Book, The Three Bears Picture Book)。 また、これらの資料を収集する過程で、クレインが異国趣味を強調するために、ジャポニスム以外にも様々な技法を用いていることが見えてきた。同様に、一次資料の探索をすることで、クレインと接点を持った人々の連なりが少しずつ明らかになってきた。この人脈には、英国社会主義思想史を考える上で、大きな役割を果たしたと思われる人物が含まれていることが判明し、さらにこの人物がウィリアム・ブレイクの詩に関心を寄せていたことも確認することができた。本研究では、19世紀末から20世紀初頭のブレイク研究者とブレイク愛好家がブレイクの神秘主義思想に興味を持ったのに対し、職人によるブレイク受容ではブレイクが英国社会主義運動の中に流れ込んだのではないか、という仮説を設定している。今回発見した人物の活動にブレイク受容が含まれており、またこの人物の回顧録にクレインとの交流が記されていることから、ブレイクに関する情報がクレインからこの人物に伝わったと想定できる。本研究で設定した仮説の妥当性を実証する有力な事実にたどり着いたことになる。
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今後の研究の推進方策 |
最近の研究成果であるMorna O’Neill, Walter Crane: The Arts and Crafts, Painting, and Politics, 1875-1890 (New Haven and London: Yale University Press, 2010) では、クレインがブレイクを意識しながら挿絵の一部を制作したことが指摘されている。しかし、技術的な側面以外に、クレインがブレイクをどのように意識したのかという問題については、充分に考察されていない。そこで、下記の一次資料を中心にクレインの芸術論の大枠を確定し、ブレイク、リントン、クレインの影響関係と社会主義思想との関連を見極めたい。 但し、平成28年度の調査で、クレインの人脈の中に発見された人物とクレインとの関わりをもう少し丁寧に洗い出したいので、クレインの師匠であるリントンに関しては、調査を一時的に保留にする必要があるかもしれない。研究の遂行状況に合わせて、判断したい。
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