研究課題/領域番号 |
16K13203
|
研究機関 | 山口大学 |
研究代表者 |
外山 健二 山口大学, 人文学部, 准教授 (80613025)
|
研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
|
キーワード | アメリカ文学 / イスラーム |
研究実績の概要 |
平成28年10月に20世紀英文学研究会において、「モハメド・ショークリ『パンのためだけに』を読む――ポール・ボウルズの〈翻訳〉と21世紀英語文学の可能性」の研究発表を行った。この発表では、アメリカ人作家のポール・ボウルズの〈翻訳文学〉である、ショークリ『パンのためだけに』を扱い、この翻訳文学のイスラーム記述等を、21世紀英語文学の可能性の視点で追究した。その成果として、論文「モハメド・ショークリ『パンのためだけに』を読む――ポール・ボウルズの〈翻訳〉と21世紀英語文学の可能性」が20世紀英文学研究会編『21世紀英語文学』(仮)(金星堂、2017)に収録予定である。 また、平成28年12月に中・四国アメリカ文学会冬季大会(日本アメリカ文学会中・四国支部)において、「ポール・ボウルズと〈翻訳〉」という研究発表を行った。この発表では、イスラームに係る文語アラビア語の英訳に対するボウルズの編集力学等を基軸にして、〈文化翻訳〉の視点でショークリと文化人類学的ボウルズの作家像を検討した。 上記のような、ボウルズのモロッコムスリム原住民に対する、アラビア語の英訳という〈翻訳文学〉をみれば、ボウルズによるイスラームやモロッコ社会の下層階級への理解等を読み取ることができる。 「アメリカ文学のイスラーム」という研究課題における、21世紀のアメリカ文学の方向性を考えたとき、〈翻訳文学〉という視点を考慮すれば、アメリカ文学と世界文学という新たな領域が研究領域となり、その領域にはナショナリズム等では解消しきれない、イスラームという宗教の問題が存在することになる。アメリカは現在も〈宗教の実験場〉であり、アメリカ文学それ自体の、今後の方向性を考えたとき、〈翻訳文学〉を含めた世界文学という枠組みは、「第三世界」出身の非白人の作家による作品を、「英語文学」として研究対象とし得る。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
アメリカ文学史では、1607年のキャプテン・ジョン・スミスらによるヴァージニアの植民地ジェイムズ・タウンの建設がある。しかし、彼が大西洋を横断する以前、オスマン帝国のトルコ人と闘った経緯は看過されることが多い。トルコや北アフリカの傭兵として経験したスミスは、後に、"Captain"の肩書で呼ばれ、「スミス船長」で親しまれるようになる。ただし、注目すべきはこの”Captain”とは、1601年のバルカン半島でトルコ軍との戦いで武功を得たものであった。1602年に負傷して捕らえられ、ムスリムの女性に奴隷として売り飛ばされたスミスであるが、1614年にスミスがマサチューセッツ州北部に上陸した際に、彼を救ってくれたそのムスリム女性の名に因んで、Tragabigzandaと名付けた場所があった。現在の、マサチューセッツ州ロックポートにあるアン岬がその場所である。 同様に、アメリカ文学史上有名な、アン・ブラッドストリートは、アメリカ最初の優れた女流詩人として知られ、彼女の『アメリカに生まれた第10番目の詩人』(1650)は、神政政治のニューイングランドにおけるピューリタンの女性の夫や子供への愛情表現という観点を見出すことができる。だが、彼女の「エリベス女王を讃えて」には、”A Egyptian Queen”や“Zenobia, potent Empress of the East”という記述があり、そこから〈オリエント〉志向を読み取ることができる。これらを契機に、スミス等の研究を含めて、イスラームの視点でアメリカ文学を捉え直す研究を進めている。 総じて、〈翻訳文学〉や〈英語文学〉を視野に入れ、スザンナ・ローソン『アルジェの奴隷たち』(1794)をはじめとする各作品等からイスラーム表象とその分析過程を通じて、「アメリカ文学のイスラーム」という研究テーマへの方向性とその体系化の段階である。
|
今後の研究の推進方策 |
イスラームへの好意や共感の姿勢を、たとえば、17世紀から18世紀にかけてのアメリカ文学の各作品から読み取ることはできる。一方、トウェイン、メルヴィル、ホーソン、ポーに見られる、19世紀アメリカの諸作品では、〈オリエント〉への眼差しが介入する。おおよそ1798年のナポレオンのエジプト遠征以来、この曖昧な領域に関与する西欧の人びとが「オリエンタリスト」と呼ばれることが多いように、19世紀前半の「ロマン主義的オリエント」的なイスラーム像が19世紀アメリカの作家には見られる。たとえば、ナサニエル・ホーソンの短編「優しい少年」(1831)にはイスラーム表象を見出せる。19世紀中期頃から実証的科学に基づく「文献学的オリエント」や「帝国主義的オリエント」の色合いは、マーク・トウェインの作家等に見出すことができる。20世紀の作家ヘミングウェイに至っては、「ロマン主義的オリエント」や「帝国主義的オリエント」の錯綜を読み取ることができる。 1960年代以降のいわゆる「第三世界」側の反論として、フランツ・ファノンなどの黒人知識人等が現れ、その後、サイードの『オリエンタリズム』が登場する背景を勘案すると、アメリカ文学史における、文学諸作品において、東方とりわけイスラーム圏、アラブ世界の「表象」の在り方を詳細に吟味しなくてはならない。 現在、イスラーム系移民の増加など宗教的多文化共生のなかで、アメリカ宗教における多様性の容認と国家統合のあいだのバランスの問題に対する再検討が求められ、アメリカが直面する宗教的多文化主義と世俗化等の問題は、世界の宗教が直面している喫緊の課題でもある。伝道や改宗という「宗教的同化」によるのではなく、それぞれの宗教が独自性と宗教的深みをもちながら、他者との共存の可能性を模索しつつ、21世紀アメリカ文学という展望のなかで、一つの〈新たな〉アメリカ文学史構築が大きな課題である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
物品費や旅費において、当初の見込み額と差額が生じたため。同時に、その差額を、当該年度内に使用するよりは、次年度に次年度分と合わせて使用した方が研究上有効であると判断したため。
|
次年度使用額の使用計画 |
研究の進捗状況を鑑み、物品費や旅費として使用を計画している。
|