本年度は、研究計画および昨年度の研究成果に基づいて、主に二つの課題の取り組んだ。ひとつは、本研究が対象とする20世紀初頭から1930年代までの動物の群れの振る舞いに関する研究の進展を先行研究に基づいて確認することであり、もうひとつは、現代の政治哲学における集団的行為主体を考察する新たなアプローチを参照しつつ、ヴァルター・ベンヤミンが1930年代に執筆した叙事演劇と映画の観客をめぐるテクストを群集論の観点から分析することである。 前者については、動物生態学の学説史を論じたいくつかの先行研究を確認することで、1900年ごろの群れの振る舞いの研究では、動物の群れの振る舞いに関する動物心理学と人間の集団を対象とした群集心理学との間に相互参照的な関係が存在したこと、また思想や文学の分野で群集心理学が依然として支配的な影響を及ぼしていた時期に、動物生態学ではすでに新たなパラダイムの模索が始まっていたことを確認した。 後者の課題に関しては、同時代のドイツ語圏において群集(Masse)を論じた数多くの理論的言説の中で異彩を放つヴァルター・ベンヤミンのテクストを、今日の政治哲学(民主主義論)および美学(観客の政治学)の知見も視野に入れつつ考察した。ヴァイマル共和国時代の群集をめぐる言説が群集心理学の影響下にあり、群集化のプロセスをラディカルな同質化として分析していたのに対して、ベンヤミンはブレヒトの叙事演劇を論じたいくつかのテクストと「複製技術時代の芸術作品」において、同質性の解体(=差異化)を通して形成される群集=大衆(Masse)の概念を提出している。この群集=大衆の概念を観客の政治学の観点から検討した論文を執筆し、学術誌に発表した。 研究期間全体を通して、目標を100パーセント達成できたわけではないものの、有意な研究の進捗を見たと判断している。
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