本研究の目的の第一は、近代のヨーロッパにおける「イソップ寓話集」の流布について全体像を明らかにすることであったが、それらを(1)をヴァッラ、バルバロのラテン語系、(2)シュタインヘーヴェル編纂のラテン語系、(3)ドープ編纂のラテン語系、(4)カメラリウスのラテン語系にまとめて、各々の系譜と特徴を把握した。また、ホラポッロ『ヒエリグリフ集』などのエンブレムブックとの関係や、ルネサンス・バロック期の寓意的表象との連関を考究した。 第二は、イエズス会の海外布教戦略の中で日本にもたらされた「イソップ寓意集」が、1490年以後に日本でローマ字口語体『イソポのハブラス』と文語体『伊曽保物語』に結実する経緯について、具体的には、両邦語版の寓話で、シュタインヘーヴェル編ラテン語訳『イソップ寓話集』の中に含まれていない7つの寓話について典拠を明らかにすることであった。 調査の結果、その内の5つの寓話については、シュタインヘーヴェル版からのスペイン語訳(1546年にアントウェルペンで刊行、1551年に再刊)に新たに収められた寓話から採録されていること、またこのスペイン語訳が両邦訳版の典拠となっていることが確証された。残りの2つの寓話については、一方はイタリアの作家アステーミオ『百話集』の第2集に掲載されており、他方は中世末期のオドー・オブ・シェルトン『寓話集』、あるいはそのスペイン語版『猫の書』に含まれていることは判明したが、両寓話の日本への伝達経路について明確に指摘することはできなかった。 第三は、江戸時代において新たにオランダから舶来された「イソップ寓話集」の司馬江漢への影響を具体的に明らかにすることであったが、この点については、彼が学んだのがエンブレムブック形式の動物寓話集であることを追認したに留まった。また、その影響のもとに作成された、江漢の『訓蒙画解集』の英訳の準備作業を行った。
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