本研究はウラジーミル・ナボコフのアーカイヴ調査を行い、創作活動と教育活動の相関関係を探ることが目的であった。 ナボコフの教育活動は、『ナボコフの文学講義』、『ナボコフのロシア文学講義』に集約されていると考えられるが、その草案となる原稿がニューヨーク公立図書館のバーグコレクションに収めれている。まだ公開されていない文献としては、ロシア文学史関連の『原初年代記』論、プーシキン、ドストエスキー論のロシア語版、ロモノーソフ、トレディアコフスキー、ヘラスコーフなど18世記の文豪についての覚書も含まれていた。これらの原稿はまだその内容が詳かにされてはおらず、公開の価値があると考えられる。アーカイヴの解読を進めて、ナボコフの作品の読解にどういう新機軸を見出すかということも本テーマの主眼の一つであった。ナボコフが使った日記帳の原本を閲覧したが、黒いなめし革に金の文字で年代が階段上で書かれてあるものにメモが書かれていた。ハンバート・ハンバートの手記として書かれた小説『ロリータ』のなかで証拠品第2号として陪審席(つまり、読者である我々)に回覧される日記帳についての記述を確認した時驚きの念を禁じ得なかった。その日記帳は黒いカバーであるが、金の文字でen escallier(階段上で)年号が左上から右下へ刻み込まれていた。ナボコフのアーカイヴには鱗翅類学者としての研究記録も多く含まれる。ナボコフは、シジミチョウの研究者として有名であり、蝶の形態を克明に描いているが、その緻密な態度はジュコフスキーの詩の韻律や脚韻などの構造分析をする際にも見出すことができた。自然科学的な観察を深める態度は、創作の中で詳細な描写に徹する態度にも見出すことができる。ナボコフの自然科学と人文科学を往来する態度は、研究・創作の相関関係に近いものであることがアーカイヴの調査で確認できた。
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