本研究は、通訳研究においてこれまで研究対象になることのなかったスポーツ通訳という領域で、通訳者が果たす役割とスポーツ特有の訳出方略の解明を目的として行われた。スポーツの種目は数多くあるため、日本で最も早くから通訳者を導入してきたプロ野球を研究対象とした。1年目に文献研究、球場での参与観察、野球通訳者及び外国人選手などへのインタビューをおこなった。2年目には、書き起こしたインタビューデータを、修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを援用して分析し、プロ野球通訳者の役割を考察した。その結果、プロ野球通訳者の役割は、言葉を訳す「言語的役割」よりも、言葉以外の場面で選手をサポートする「社会的役割」が中心であることがわかった。訳出方略に関しては、選手のコンディション、勝利、ファンへの配慮から、通訳者は場面に応じて、通訳の大原則である「忠実性」及び「正確性」から逸脱することが確認された。一例を挙げると、ヒーロー・インタビューにおいては、通訳時間を短くするために、「一部訳さない」「結果的に求めている答えが得られるような別の質問に変える」「質問では使われていない専門用語を用いて短時間で訳す」などの逸脱行為が確認された。プロ野球通訳者の役割と訳出方略に関する研究成果はそれぞれ別の論文として、2つの学会誌に掲載された。3年目は研究成果が英語教育、通訳教育に役立つことを目標に、通訳の分野にとどまらず、教育関連の海外学会でも発表を行った。ワールドカップやオリンピックでは、数多くのプロ及びボランティアの通訳者が必要となるが、その中にスポーツ通訳の経験を持つ人は少ない。そのため、スポーツ通訳において選手が何を求めているのか、通訳者が留意すべき点はどのようなことなのかなど、通訳者の教育をする上で有益だと思われる情報を提供した。
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