研究課題/領域番号 |
16K13288
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研究機関 | 桜美林大学 |
研究代表者 |
加藤 朗 桜美林大学, 法学・政治学系, 教授 (10286239)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 木灰 / 硝石 / 森林 / 覇権 |
研究実績の概要 |
本年度の調査の主眼は、銃砲による軍事力で覇権国となった初めての国家スペイン、ポルトガルにおける硝石のおよび木灰の調達方法にあった。結論から言えば、予想はしていたが硝石や木灰の調達先は不明であった。スペインのトレドの軍事博物館、マドリッドの海洋博物館では数多くの数や種類の銃砲があった。しかし、これらの銃砲に使用される火薬についての記述はまったくなかった。 他方ポルトガルのリスボンでは19世紀の火薬工場が復元され展示されていた。同工場は米国デラウエア州ウィルミントンにあるデュポンの火薬製造工場と同じく水車を利用した製造工程を採用していた。しかし、その規模は、すでに覇権国としては衰退していたポルトガルの国力にふさわしく小規模なものであった。ここでも、原材料となる硝石や木灰の入手先はまったく不明であった。またリスボンの軍事博物館には往時をしのばせる数多くの銃砲が展示してあったが、やはり火薬に関する情報は皆無であった。 イベリア半島は乾燥地帯で一部地域に硝石は産出する。しかし、それを生成し硝酸カリウムにするためのアルカリ物質である木灰の原料となる森林にはあまり恵まれない。世界大国の覇権を維持するための軍事力の基となる火薬の製造を16世紀、17世紀にいったいどこで行っていたのか、残念ながら、今回の調査では不明であった。さらに疑問であったのは、スペイン、ポルトガルの造船技術である。当時としては群を抜いた造船技術を有していたことは、かれらが新大陸を発見したことでもあきらかである。しかし問題は船の材料となる木材をいったいどこから調達したかである。それは同時に火薬の原料の調達問題にも通ずる。覇権国の軍事力を支えたのは船の材料であり火薬の原料でもある森林資源であることは、米国、スペイン、ポルトガルでの調査で明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現地調査、ネット検索、文献調査等で、イギリスの硝石生産についてはかなりのことが明らかとなった。 ネット検索でデンマークの大学が製鉄から初めて火縄銃の再現実験を行っていることが明らかになった。その再現実験の一部として、硝石の製造実験を行っている。その実験で、これまで文献でしか知りえなかった硝石の製造過程が写真で記録されており、欧州における火薬製造の過程が明らかになった。またインドにおける硝石製造についても実地調査しており、その様子も写真で明らかになった。驚くことにインドで硝石が大量に産出するのは数多くの人間や動物の排泄物が土中に混ざりそれが長い年月の間に堆積した結果であることが分かった。ただし、どのようにしてカリウムで精製しているのかその過程が不明である。また文献調査で貴重な著作が見つかった。まさにイギリスの硝石製造の歴史について調べた著作であり、来年度はこの著作を手がかりに欧州の調査を再度を行う予定である。 本研究は、硝石製造の過程で必要不可欠な木灰の常用性に着目して県境を進めてきたが、研究を進めるにしたがって、木灰の原料となる木材こそが軍事力の源泉であることが明らかになってきた。すなわち19世紀末に鉄鋼船が建造されるまで軍船はすべて木造船である。また鉄を作る際に燃料となるのは木材である。木灰は火薬製造に欠かせないが、製鉄の過程で生まれる副産物に過ぎない。その意味であまり木灰に注目されなかったのだろう。木灰以上に重要な軍事物資は木材であり森林資源であった。森林資源という視点からあらためて覇権の興亡を見直す視点を得られたという意味で研究はおおむね順調に推移している。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究は、対象が火薬という現物が残らないモノを対象にしていただけに、現物はもちろん記録が残っていないことを確認する、調達先が不明であることを確認するという作業に終始したきらいがある。だからこそデンマークの大学では再現実験に取り組むことになったのだろう。本研究では明らかになった事実を実証できるだけの人的、経済的余裕はない。あくまでも点と点を結び推論を積みかさね、その推論の先に何らかの事実が発見できればと思う。 これまでの調査で、硝石に関心を寄せている研究者が何人かいることが明らかになった。現在これらの研究者と連絡を取り、研究に寄与するような情報の提供を仰ぐつもりである。 今年度の研究では、スペイン、ポルトガル、オランダ、イギリス、フランス、ロシアなど欧州列強の火薬の製造、調達に焦点を当てる。他方、トルコ、ペルシア、インド、中国など非西洋圏がなぜ軍事力で西洋列強に後れを取ったのか、硝石や火薬の視点から、明らかにしたい。なぜ中国は火薬を発明したと自負しながら、爆竹用の火薬しか作れなかったのか。これらは突き詰めると木灰や森林に原因があるのではないかとの仮説をたて、検証していく。 また日本銃砲史学会の協力を仰ぎ、銃砲の視点から火薬や硝石の問題を明らかにし、東西の銃砲の発展が火薬の発展とどのような関係があり、そして東西の軍事力の差にいかに影響したかを明らかにする。火薬そのものを直接研究できないだけに、銃砲の発達から火薬の製造や硝石の調達などを間接的に推論していくしかない。そのために銃砲の研究も必要と思われる。銃砲史の専門家の協力はぜひ必要である。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究会やシンポジウムを予定していたが、日程や人員の都合で開催できなかった。 今年度は欧州における長期の調査旅行と研究会の開催を予定している。また重要文献の翻訳と印刷を行いたい。
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