本研究は、2つの事件により、大きな変更を迫られた。1つは熊本地震であり、もう1つはトランプ旋風である。ここでは、後者について概略する。1980年代以降、ヒスパニックとアジア系の移民の大量流入により、アメリカ社会は白人と黒人だけの世界から、人種的にも民族的にも多元的な社会に変化した。また約半世紀の間実施されてきた積極的差別是正措置により、黒人の社会的経済的地位が向上し、黒人の体制内編入も急速に進行した。本研究のテーマである「黒人社会の多元化と脱人種の政治」も、こうした環境を前提に成立していた。 しかし2016年の大統領選挙は、周知のように、このような政治環境を一変させてしまった。大統領予備選挙が始まった1月から本選挙が行われた11月まで、トランプ候補は「脱人種の政治」とは逆に、人種問題を振りかざして白人票を集める選挙戦略を採用し、一大旋風を巻き起こしたからである。白人と黒人・ヒスパニックの間に深刻な亀裂が生じたのである。アメリカ社会のこの変化にともなって、本研究も当初の計画を変更し、人種間の緊張を煽るトランプ候補の選挙戦略に焦点を絞ることになった。 本研究の主要な成果は、人種問題の視角からトランプ候補の選挙戦略を論じた論文「トランプ現象とアメリカの分極化」、及びアメリカ政治のテキストである『アメリカ政治 第3版』の第12章「アメリカ政治とマイノリティ」の改訂版にも表われている。この研究成果は書籍や論文の形式にとどまらず、科研費の旅費を利用して行った2つの報告、すなわち成蹊大学で開催された政治学研究会および北九州大学で開催された北九州アメリカ史研究会での報告にも反映されているだけでなく、それ以外にも南山大学で学生向けに行った2016年アメリカ大統領選挙報告にも反映されている。また私の所属機関である熊本県立大学でも、市民に公開する形でアメリカ大統領選挙に関する講義を行った。
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