本研究の目的は、企業が海外の事業活動を国内に回帰させるリショアリング行動を、多国籍企業の立地選択の観点から解明することにあった。多国籍企業の立地決定は、進出先で直面する劣位性とそこで獲得する立地特殊的優位性、多国籍企業としての所有特殊的優位性の相対的強度の影響を受ける。本研究を通じて、リショアリングの背景には、進出先の立地優位の喪失のみならず、本国および第三国の立地優位の相対的ポジションと、企業の劣位性と所有特殊的優位の、相互作用的な変動が影響することがわかった。
21世紀に入ってIndustry 4.0の進展とともに、製造工程のフラグメンテーション領域が拡大し、国をまたいだ工程間の調整が容易となった。その結果、グローバルなバリューチェーン(GVC)が構築されるようになった。したがって、多国籍企業の立地の再配置とリショアリングの決定には、GVCをどのように再編するかの問題が関わってくる。Industry 4.0はまた、かつての労働集約的工程の資本・技術集約性を一気に高めることから、従来の国際分業パターンを一変させうる点も影響する。
また2020年初に発生したパンデミックの影響で、非接触社会の要請から人の移動制限と、それに伴い物流に制限を受けている。グローバルビジネスの本質は人やモノというより情報や知識の移動であるが、公衆衛生上の危機を契機に米中間の覇権争いが激化、GVCの再編はその統治機構のあり方とともに、地政学的イシューに対する戦略手段と化している。こうしたな高度な不確実性に対処するべく、多国籍企業は柔軟にGVCを再構築する能力が求められている。公衆衛生危機はまた、これまで制度的補完性と戦略的補完性に守られてきた日本の雇用システムにも影響を及ぼす。日本の労働市場の流動化は多国籍企業の立地戦略に影響を与え、日本への外資の進出と日本企業のリショアリングにプラスに働くであろう。
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