研究課題/領域番号 |
16K13401
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
鳥羽 至英 早稲田大学, 総合研究機構, 研究員 (90106089)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 財務諸表監査 / 懐疑 / 懐疑心 / 実証 / 反証 / アサーション / 立証 / 不正摘発型監査 |
研究実績の概要 |
財務諸表監査における監査人の認識を正面から捉えれば、財務諸表の適正表示に関する経営者の主張を監査手続によって裏づけること(実証)である、と理解することができる。しかし、財務諸表監査には「確証傾向」が構造的に組み込まれているので──すなわち、財務諸表監査の立てつけが監査人の側の確証傾向を制度的に許容しているので──、監査人には、反対に、財務諸表の適正表示を疑ってかかる姿勢(反証)が求められるようになる。経営者が主張するところを監査認識上そのまま受け入れるのではなく、反対に、経営者の主張を否定するような監査認識のあり方を模索し、それらを財務諸表監査における懐疑の全体的な枠組みの中に位置づける、という方向が必要である。 この方向を強めることは、監査人が財務諸表監査において状況によっては従事することになる否定的/黙示的認識の意味を考察することに結びつく。監査人が、心の中で「この財務諸表項目の表示は怪しい」との懐疑を一段と強め、経営者の主張を反対に否定すべく監査認識を行うのである。このような認識は、財務諸表監査の立てつけの場合を考えると、極めて異常な状況ではあるが、このような場合が現実に起こっているように思われる(オリンパス会計不正事件と2017年上期に起こった東芝の米国子会社WHの減損会計に関する経営者と監査人と監査人との間の摩擦)。監査人が経営者の主張に対して大きな疑義を抱いた場合の懐疑のあり方を、財務諸表監査における懐疑の枠組みに位置づける必要がある、と考えるようになり、そのための導入的な議論を2017年3月末出版の『財務諸表監査と懐疑』(国元書房)において展開した。 2016年度の研究は、従来の枠組みに修正を加え、新たな財務諸表監査における懐疑の枠組み(disconfirmation)という視点を提示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
財務諸表監査における監査人の内的過程──とりわけ財務諸表の適正表示に対して、監査人が黙示的に抱く否定的なアサーションが監査上の懐疑との関係において、どのような意味を持っているのか──を取り上げている。監査人が財務諸表上の項目について、重要な虚偽表示が含まれているのではないか、重要な虚偽表示が隠されているのではないか、背後に大きな不正のスキームがあるのではないか等、一連の疑念を抱くこと、また、かかる疑念を監査チームの全員が共有するまでの過程において、個々の監査担当者がどのように「黙示的な懐疑」を抱くのか、それを監査担当者以外の監査人がそれをどのように察知するのかを「研究実績の概要」において模索してきた。 しかし、この問題をこの枠組みの中で解くことは難しいのではないか、あるいは現実的ではないのではないか、と考え始めている。財務諸表監査の枠組みの中に、「不正摘発型監査の思考」を積極的に取り入れる必要があるのではないか、という問題を考え始めている。この領域は、現時点では、手つかずなので、その意味で、この種の議論が有効であるのかどうか、また、どの程度、どの範囲で有効であるのかについての考察はなされていない。その意味で「やや遅れている」と評価した次第である。
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今後の研究の推進方策 |
「現在までの進行状況」において説明したように、経営者の立場を反映するアサーションを前提とした立証の枠組みの中(確証という枠組みの中)で説明しようとする思考そのものに問題があるのではないか、と考えるようになってきた。財務諸表監査上の懐疑の考察が、多少行き詰まっているように感ずるのは、監査人の内的過程における否定的/黙示的(negative/implicit)な世界をどのように捉えるかという新たな問題を、財務諸表監査の枠組み(確証の枠組み)の中で完全に捉えることには、無理があるのではないか、と考えはじめたからである。 すなわち、 監査人が財務諸表上の項目について、重要な虚偽表示があること、重要な虚偽表示が隠ぺいされていることなど、懐疑を一段と強めた場合の議論を、経営者の立場を反映するアサーションを前提とした立証の枠組みの中で模索すること自体に無理があるのではないか、そのような形での問題の解決を求める思考に問題があるのではないか、従来のアプローチそのものを見直すべきではないか、と考え始めている。 経営者のアサーションを前提とするのではなく、最初からアサーションを否定する(アサーション不存在を前提とする)監査の思考──不正摘発型監査(forensic auditing)──の中で財務諸表監査における懐疑を関連づける必要があるのではないか、と考えている。これからの研究方向として、これまであまり注目してこなかったforensic auditingにおける懐疑という別のレベルの議論を検討することにしたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
2016年度の研究ではもっぱら「確証」という枠組みの下で監査上の懐疑を捉えようとしてきた。しかし、すでに報告したように、このアプローチには限界があり、むしろ「非確証」(disconfirmation)という領域を研究する必要がある、と期の途中で考え始めた。そのため、2016年度の使用予定額を使い切らず、2017年度に回した方が良いと判断した。
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次年度使用額の使用計画 |
「非確証」という領域は、これまで研究者が関心を注いてこなかった領域である。これは、監査の分野においては、「不正摘発型監査」(forensic auditing)という特殊な領域を意味している。2017年度は、この領域に関する知見を広め、深め、財務諸表監査における懐疑の枠組みの現実説明力を一段と高めることを目的に助成金を使用するように計画している。
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