迷走神経は脳と身体を双方向的に繋いでおり、特にストレスや恐怖・不安などの不快感情に伴う脳と身体の反応を適切に制御するために重要な役割を果たしている。本研究では、経皮迷走神経電気刺激(transcutaneous vagus nerve stimulation: tVNS)による迷走神経活動の亢進によって、不快感情と、それに伴う交感神経系・内分泌系・ 炎症の各反応への制御を促進できるかを検討する予定であった。しかしながら、tVNS装置は欧米では一般に研究に使用されているが、現時点で日本へ輸入することは困難であることが判明した。そこで迷走神経活動を刺激するための代替方法として、1分間6回の深呼吸(吸気4秒、保持1秒、呼気5秒)を用いることとした。この方法を用いた予備実験により、心拍変動性(heart rate variability)の低周波(low frequency: LF)成分が顕著に増強され、実験参加者の迷走神経活動が顕著に促進されたことが示された。そこでこの方法による迷走神経刺激群(N=15人)と統制群(N=15人)を設け、この実験操作後に、不快感情を惹起する画像を提示して、主観的感情状態・交感神経系反応(心拍・皮膚電 気活動)・唾液中のコルチゾールと炎症性サイトカイン、を測定する実験を行った。迷走神経刺激群では感情制御機能が促進され不快感情に伴う心理生理的反応が低減すると予測され、この仮説に整合する方向での効果が見られたが、統計的に有意な効果は得られなかった。この原因として効果量に比してサンプル・サイズが小さすぎたことが考えられ、今後、より大きなサンプル・サイズでの検討を行う必要があることが示唆された。
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