(1)本年度は現代ドイツのラップ音楽に焦点を当て、研究を実施した。とくにShindyのデビューCD"NWA"に含まれる、暴力を肯定する威嚇的な歌詞や、同性愛者を侮蔑する排他的な表現などに焦点をあて、そこに含まれるドイツ社会の不満や不快感等を分析し、同時に表現の自由と青少年保護を目的とした販売等の禁止措置との問題に焦点を当てて研究を行なった。この中でもとりわけBushidoが協力して制作された曲"Stress ohne Grund"のビデオや歌詞に対する、未成年者有害メディア審査機関の決定書を分析し、ドイツ基本法が保証している芸術・表現の自由がいかなる状況の下において規制を受けるかという論点に関して研究を進めた。 (2)ドイツにおける青少年の音楽活動状況に関する資料を収集することを目的として出張を行ない、ベルリン、ハンブルク、ビーレフェルトの資料館、大学図書館等において資料を収集するとともに、青少年有害メディア審査に関わる人々へのインタビューを実施した。(2月) (3)これまでの研究の中で得たヘイトスピーチと音楽、表現の自由の制限という観点に関連する成果を学会において口頭発表し(6月)、また査読付きの学会論文として公刊した。(3月) (4)3年間にわたるこの研究は、19世紀末以降のドイツにおける「人種」に関する思想を振り返り、そこから現代における移民や異文化に対する排除の思想と社会状況を分析した。そして、異文化圏出身者や価値観を異にする人々を前に、現代のドイツにおいて若者がどのような不満や不安を抱え、それを音楽等の活動の中でどのように表現しているかを分析した。同時にまた、各種メディアを通して表現されたこれらの活動が、共生社会構築に向けた社会政策と対立する事例を分析し、さまざまな価値が競合する現代社会における、価値衡量の問題を明らかにした。
|