研究課題/領域番号 |
16K13621
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研究機関 | 埼玉大学 |
研究代表者 |
小山 哲夫 埼玉大学, 総合技術支援センター, 技師 (20375588)
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研究分担者 |
松岡 浩司 埼玉大学, 理工学研究科, 教授 (40272281)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 糖鎖工学 / 金ナノ微粒子 / O157:H7 |
研究実績の概要 |
本研究課題は金ナノ微粒子表面に糖鎖構造を効率的に導入する手法を確立することを目的としている。利用する手法は筆者らが『糖鎖還元法』と呼んでいるもので、塩化金酸水溶液に糖鎖誘導体を混合し、アルカリ条件にするだけで表面に糖鎖が導入された金ナノ微粒子が生成するという非常に簡便な手法である。この手法を用いて病原体関連糖鎖を金ナノ微粒子表面に導入することができれば、病原体検査キットならびに医薬品として利用可能な金ナノ微粒子を大量かつ安価に供給することができる。 初年度にあたる平成28年度は主に糖鎖合成に費やした。当初の予定ではベロ毒素と結合するグロボ3糖の他にノロウィルスが認識するH抗原関連糖鎖を合成する予定であったが、H抗原関連糖鎖は進捗状況が芳しくない為に見送った。そのほかに微粒子表面の糖鎖密度を解析する手法を見出すため、フェニルヒドラジン法を用いて分光学的に求める方法が適用可能であることを見出した。 続いて、平成29年度は微粒子の合成条件の検討と合成と生理活性の解析を行った。原料となる糖鎖誘導体の水溶液と塩化金酸水溶液を様々な濃度で混合し、生成した微粒子のサイズを光散乱で計測するとともに、表面糖鎖密度との関係を先のフェニルヒドラジン法を用いて計測し、その法則性を見出した。また、H抗原関連糖鎖の代わりにおたふく風邪ウィルス(ムンプスウィルス)が認識するシアリルラクトース誘導体の合成に着手した。他に、微粒子表面の糖鎖の生理活性を計測する手法について検討を行い、QCM (水晶振動子マイクロバランス) 法を用いることができることを見出した。また微粒子の安定性維持についても検討を行い、ごく微量のポリマーを含む金ナノ微粒子を界面活性剤がわりに添加すると、塩などの影響を受けづらくなり、凝集が防げるという知見が得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本手法は塩化金酸溶液を還元することにより金ナノ微粒子を得ているが、合成段階で課題となるのは微粒子のサイズおよびの表面糖鎖密度の制御である。糖鎖誘導体と塩化金酸水溶液の濃度を変更し、生成した微粒子それぞれのサイズおよび表面糖鎖密度を計測した結果、10 nmから30 nmの範囲で微粒子サイズの制御ができることを明らかにした。その一方で、現在実験した範囲では糖鎖分子密度がさほど変わらないことも明らかとなり、こちらの制御が課題として残っている。 本手法を用いて金ナノ微粒子を合成する際に、金ナノ微粒子表面に導入された糖鎖がその構造を維持しているか否かが最も重要である。我々はQCM (水晶振動子マイクロバランス) 法を用いてこの点を検討した。QCMチップ上にラクトース認識レクチンであるECAを固定化し、糖鎖還元法でラクトース誘導体を表面に導入した金ナノ微粒子をインジェクトした結果、ECAが金ナノ微粒子表面のラクトースを認識して微粒子を補足していることが示唆された。実際に病原体関連糖鎖を導入して生理活性の計測をするのはこれからである。 金属ナノ粒子にとって一番の脅威は微粒子同士の凝集である。微粒子の凝集を防ぐためには界面活性剤の導入が必要となるが、本研究課題の場合は表面の糖鎖誘導体の構造維持が最優先されるため別途界面活性剤を導入することは好ましくない。しかし緩衝溶液中の塩の作用で微粒子表面の電荷が中和され、微粒子の凝集が発生する現象が確認された。これを防ぐために、界面活性剤の代わりにポリマーを含む金ナノ微粒子をごく少量(約1%程度)添加することにより、金ナノ微粒子表面の糖鎖活性を損なうこと無く凝集が防げることが明らかとなった。しかし、微粒子合成後の遠心分離を利用した精製過程では条件によって凝集が起こっており、完全な精製法についての検討が課題として残っている。
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今後の研究の推進方策 |
これまで検討を行った結果、『結合様式の解明』『精製法の確立』『病原体関連糖鎖の導入』の3点が課題として残っている。 まず結合様式の解明についてであるが、前項に記したとおり金ナノ微粒子表面に糖鎖構造が維持された状態で結合しているのは確実である。しかし、これが物理吸着に基づくものなのか、共有結合に基づくものなのかが依然明らかになっていない。金ナノ微粒子表面を反射型IRスペクトルで観測した結果、カルボニル基由来と推定されるシグナルが測定されている。またNMRでの測定からは反応前に存在した炭素-炭素2重結合のシグナルが消えているので、何らかの酸化反応が起きたのは確実である。糖鎖誘導体の反応後の代謝物および微粒子表面から糖鎖を切り出すことにより、質量分析等で表面の結合状態に関する解析を行う。 続いて『精製法の確立』についてである。28年度末の時点では遠心分離に代えて「溶液中の濃度勾配」を利用して利用して金ナノ微粒子と原料・副生成物を分離する予定であったが、29年度に各種試験を行った結果、微粒子の凝集が激しいためにこの手法は適切でないと判断するに至った。一方でそれほど厳密に精製を行わなくとも表面糖鎖の認識に影響が出ないというような知見も得られており、精製法に関しては引き続き検討を行ってゆく。 最後に本来の目的である『病原体関連糖鎖の導入』についてであるが、これまでは簡単に合成できるラクトース誘導体とN-アセチルグルコサミンで各種試験を行ってきた。こちらはベロ毒素と結合する「グロボ3糖誘導体」ならびにおたふく風邪ウィルス(ムンプスウィルス)と結合するシアリルラクトース誘導体の合成が進行中である。これまでにラクトース誘導体を用いて各種試験おこなって合成条件を確立済みなので、所定の化合物ができ次第、スムーズに反応を始めることができる。 これらがまとまり次第、学術論文の形で発表を行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由)凍結乾燥器など大型の物品の購入を予定していたが、現用の機器が修理をして使用可能だったため、今回装置購入はせず当初予定の金額に達しなかった。また、各種病原体関連糖鎖を導入した金ナノ微粒子の生理活性測定を予定していたが、これら糖鎖は合成の過程で最終的な収量が少なくなってしまっていた。最適な金ナノ微粒子合成の条件検討においては何通りもの組み合わせで実験を行うそのため、前述のような貴重な病原体関連糖鎖誘導体は使用せず、大量に保有する別の糖鎖誘導体を使用した。結果的に本来の実験で必要とされた高価な試薬(レクチンなど)を必要としなかったため、消耗品費も少額になってしまった。
(使用計画)最終年度の計画としては、病原体関連糖鎖の生理活性を検討するため、レクチンなどの試薬類、表面プラズモン共鳴やQCM測定のチップなどの分析機器関連の消耗品を大量に購入する予定である。
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