研究課題/領域番号 |
16K13682
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
小塚 裕介 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 講師 (70580372)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 酸化物薄膜 / 電子相関 / スピン軌道相互作用 |
研究実績の概要 |
本研究では、パイロクロア型イリジウム酸化物を用いて、all-in-all-outと呼ばれる反強磁性秩相の磁気ドメイン境界において予想されている、トポロジカル金属状態の制御法の確立と特性解明を目指している。これまでの研究では、Eu2Ir2O7薄膜の作製手法を確立し、磁場冷却によってall-in-all-outの磁気ドメインを選択的に安定化できることを見出していた。この結果をもとに、R2Ir2O7(R:希土類元素)の中でヘテロ界面に磁気ドメイン境界を形成するのにふさわしい希土類元素の選定を行ったところ、Tb2Ir2O7が磁場によってドメイン反転を引き起こすことが判明した。そこで、Tb2Ir2O7/Eu2Ir2O7のヘテロ界面を作製し、磁場掃引を行うと磁壁の形成、消滅を制御することに成功し、界面に伝導層が生じていることを明らかにした。しかしながら、そのシート伝導度は1 microS以下と低く、温度依存性からは金属伝導を示していないことがわかった。 金属伝導に達していない原因として、Tb2Ir2O7とEu2Ir2O7がともに電子相関が強く、バルク部分だけでなく、磁壁部分の電子状態にもギャップが生じている可能性が考えられた。これを解決するため、Tb2Ir2O7をより電子相関の弱いNd2Ir2O7に変更することを試みた。また、界面に数層の金属的なPr2Ir2O7層を堆積することを試した。Nd2Ir2O7/ Eu2Ir2O7ヘテロ構造を作製し、磁壁の磁場掃引によって生成、消滅を行った。Tb2Ir2O7/Eu2Ir2O7と同様に、磁壁の伝導が観測され、その伝導度は10 microS程度を示した。さらに、Pr2Ir2O7層を界面に数層堆積した試料では磁壁の伝導度は100 microS程度まで上昇した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の予定として、初年度では①磁気ドメイン境界を形成するのに適したパイロクロア型イリジウム酸化物の希土類元素の選定、②ヘテロ構造を作製し磁気輸送特性の測定を行うことを目的としていた。実績の概要に記したように、これまで研究を行ってきたEu2Ir2O7に加え、Tb2Ir2O7、Nd2Ir2O7、Pr2Ir2O7などを検討した。作製した各々の薄膜の磁気輸送特性によりTb2Ir2O7とNd2Ir2O7は磁場掃引によって磁気ドメインが反転し、Pr2Ir2O7は磁性を示さず金属状態を保つことが明らかとなり、1つめの目的は達成された。さらに、これらの薄膜を組み合わせて、ヘテロ構造の作製を行った。磁気輸送特性により磁気ドメイン境界の伝導を観測することに成功した。また、電子相関の強さと磁気ドメイン境界の伝導度の関係も明らかとなり、2つめの目的もおおむね順調に成果が得られた。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、パイロクロア型イリジウム酸化物の磁気状態についてより微視的な観点から、磁場応答についての知見を得るとともに、前年度までに明らかになった磁壁伝導のトポロジカル的性質の検出を試みる。磁気状態の検出としては、走査型SQUID顕微鏡を用いて磁気ドメインの磁場応答や磁区の大きさを検出することを行う。また、Tb2Ir2O7やNd2Ir2O7、Gd2Ir2O7については希土類元素が大きな磁気モーメントを持つため、希土類元素とIrのスピンの相関関係も明らかとなってない。磁場による希土類元素やIrのスピンの応答を検出するため、走査型SQUID顕微鏡に加え、磁気抵抗を用いる。これまでの研究の成果で、all-in-all-out磁気構造を持つ場合、線形の磁気抵抗成分が現れることが明らかになっており、その線形項の符号は磁気ドメイン状態を反映していることがわかっている。この性質と磁場冷却、磁場掃引、温度依存性などを測定することで、希土類元素とIrのスピン状態の情報を得ることができる。 また、トポロジカル的性質の検出では、電荷流とスピン流の分離を行うことで定性的に議論することができる。電荷流は通常の伝導度およびホール伝導度の測定によって検出することができるが、スピン流はスピンホール効果を用いて検出することができる。以上の情報より、スピン偏極率とトポロジカル的なバンド構造の有無を半定量的に得ることができる。以上の結果により、パイロクロア型イリジウム酸化物ヘテロ構造におけるトポロジカル伝導の開拓を狙う。
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