箙とその変異は,クラスター代数とともに,可積分系・低次元トポロジー・表現論・代数幾何学・WKB 解析などさまざまな分野に共通して現れる構造として注目を集めている.特に,箙の変異列とゲージ理論や3次元双曲多様体の関連が提唱され,その不変量を数学的に厳密に解析する手段の開発が必要となった.
私は寺嶋郁二氏(東北大学)との共同研究において、与えられた箙変異の列γに対し、分配級数 Z(γ) と呼ばれる母関数を定義した。これは、以下のような著しい性質を持つ。(1) Z(γ)は箙変異の列γの反転操作や巡回シフトのもとで不変であり、圏論的なモノドロミーの不変量と考えられる。(2) 箙変異の列の変形に対し、量子ダイログと同様なペンタゴン関係式を満たす。(3) ADE型ディンキン図形やそのペアから自然に定義される分配級数は、ある coset 型共形場理論に現れる指標公式に一致し、適当なqベキ補正のもとで保型形式となる。(4) reddening sequence というクラスの箙変異列に対し、分配級数は量子ダイログの積で表され、combinatorial Donaldson-Thomas 不変量と一致する。
分配級数の考え方は、周期境界条件でなくても、初期条件のみを指定した有限区間に対しても適用可能である。この場合は終状態に対する自由端条件を表すために、c-vector で次数付けされた非可換トーラス値関数として考えるのが自然である。加藤は、寺嶋郁二氏と水野勇磨氏(ともに東京工業大学)との共同研究において、Boltzmann weight をq-二項係数とする分配関数を導入し、その性質を調べた。この分配関数は、実は引数の異なる2つの分配級数(組合せ論的 DT 不変量)の比として書けることが証明できる。その結果、分配関数もまた分配級数が持つ様々な良い性質を引き継いでいる。
|