Matrix liberation process の研究をさらに進めた.まず,Matrix liberation process に対する上からの大偏差評価を時刻無限大で縮約原理を適用して得られる(時刻無限大で適用できることは昨年度までに確立していた)上からの大偏差評価に現れる速度関数が一意の極小点を持つこと,およびその極小点が自由独立化して得られるトレイス状態であることを証明した.この事実と我々がこれまで開発した軌道自由エントロピーの性質を踏まえると,同じ速度関数で下からの大偏差原理が成り立つことを暗示するという意味がある.それに留まらず,得られた速度関数自体が自由確率版相互情報量を与えることも示唆される.そこで,得られた速度関数の形を念頭に,確率過程の描像を捨て去り,純粋に作用素環的量(可測集合族に相当する量)だけを使って自由確率版相互情報量というべきものを定式化し,その基本性質の多くを正確に導出した.このようにして,Voiculescu による自由確率版相互情報量と研究代表者らによる軌道自由エントロピーを統合する,所謂,unification problem 解決に足りないものが何かをより明確化することができた.以上の研究に基づく講演を,京都大学でのランダム行列に関する国際研究集会,ハルビン工業大学でのセミナー,モントリオールの数学研究所での自由確率論に関するワークショップで講演発表を行った.
以前に行った泉氏との共同研究で残していた問題に対する他者による重要な成果が現れたので,それを検討し少しのアイディアを得たが,これはまだ形にしていない.他方で,先行研究をした者の義務としてその成果の解説を北大などで行った.
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