研究課題
生命の材料物質となるアミノ酸の生成については、分子雲から原始地球までさまざまな環境での反応過程が提案されている。しかし現在までのところ、どの環境、過程が最も効くのか定量的な評価はできていない。定量化には各反応過程でおこる素反応の反応経路や反応速度の解明が不可欠である。本研究ではパイロットスタディとして、分子雲でのアミノ酸生成における素反応の反応経路や活性化エネルギーを第一原理に基づく量子化学計算によって解明する。素過程を反応速度式に組み込んで反応系の数値モデルを構築することで、アミノ酸が豊富に生成される温度や紫外線強度などの条件を導く。分子雲や星形成コアでは、星間塵表面の氷マントル中でラジカル反応によってさまざまな有機分子が生成されると考えられている。本研究ではGarrod(2013)によって提案されたラジカル反応によるグリシン生成の素反応を密度汎関数法を用いて調べてきた。その結果(1)反応経路の一部にGarrod(2013)で考慮されていなかった生成物の分岐があること、しかし(2)反応経路中、最も活性化エネルギーの大きい反応でもその値は7.75 kJ/mol以下であり、反応系全体としては低温でも十分反応が進むこと、が分かった。この結果を学術論文にまとめた。一方、比較的安定な分子を材料とし、アミノアセトニトリルやヒダントインを経由するグリシン反応経路についても素反応の活性化エネルギーを密度汎関数法で求めた。その結果、反応経路上の活性化エネルギーは100 kJ/mol以上であることが分かった。ダスト表面が水氷で覆われていることから、水分子が反応系の近傍にある効果も考慮すると活性化エネルギーは低下する傾向になったが、100K程度以下の星形成領域では反応はほとんど進まないことが分かった。代わりに放射性同位元素による加熱の効く隕石母天体では反応が進む可能性がある。
2: おおむね順調に進展している
グリシンの生成過程については2編の学術論文にまとめることができた。一方、化学反応ネットワークモデルについては、計算コードへのキーリアクション抽出機能の実装を完了し、現在、計算を進めている。
分担者をはじめとする共同研究者との議論から、本研究の提案当初は考慮していなかった多層氷の効果に気づいた。星間塵表面の氷マントルは多層構造をしており、氷内でのラジカル反応などによる(アミノ酸を含む)有機分子の生成効率は、ラジカルの濃度に依存する。すなわち、低温な分子雲においてラジカルが氷内で拡散・反応せず蓄積されていくと、星形成によって昇温した際に有機物がより豊富に生成する可能性がある。ラジカルの拡散バリアなどを変数とすることで、多層氷内でアミノ酸を含む有機物の生成効率がどのように変化するかも調べる。
計算機やPCなどの設備は、既存のものおよび校費等他の予算で購入したものを利用できた。H30年度は関連する研究会が米国、フランス、オーストリアで開催される。これらの研究会へ招待を受けているので、研究費を旅費に使用する。また計算機にとりつけてある無停電装置の電源の更新も予定している。
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すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件)
Molecular Astrophysics
巻: 10 ページ: 11, 19
10.1016/j.molap.2018.01.002
Chemical Physics Letters
巻: 687 ページ: 178, 183
10.1016/j.cplett.2017.09.016