研究課題/領域番号 |
16K13814
|
研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
岩井 伸一郎 東北大学, 理学研究科, 教授 (60356524)
|
研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
|
キーワード | 強相関電子系 / 光誘起相転移 / 超高速現象 / 有機伝導体 / 遷移金属酸化物 |
研究実績の概要 |
近赤外域単一サイクル電場による応答の詳細と、光電場と組み合わせて制御するべきテラヘルツ帯低周波の分極の性質をそれぞれ調べた。電荷秩序(CO)に伴う強誘電性(電子強誘電性)を示す一次元有機伝導体(TMTTF)2X(X=AsF6,PF6, SbF6)などの有機伝導体を対象に、単一サイクル赤外光を用いたポンププローブ測定、定常テラヘルツ吸収分光、定常テラヘルツ発生分光(およびその顕微測定)、近赤外光励起-テラヘルツ吸収分光を行った。a)単一サイクル光源を用い、擬一次元有機伝導体 (TMTTF)2AsF6において、動的局在効果に関係する電荷局在のダイナミクスを明らかにした。(PRB93,165126(2016))。 b)強誘電性電荷秩序の形成に伴って赤外活性となるフォノンピーク(b1; ~70 cm-1)、短距離秩序あるいは二量体化に関係するフォノンピーク(a: ~50 cm-1)の温度依存性を詳細に明らかにした。また、電荷秩序相において空間反転対称性の破れによるTHz波発生を確認した。 c) THzフォノンピークの変化から、光励起によるCOの変化は、バンド幅相図(温度-圧力(バンド幅)相図)における位置で、全く異なることが分かった。すなわち、弱いCO(バンド幅大、PF6)において、COは安定化する。強固なCO(バンド幅大、SbF6)は、光による変化は観測されない。中間的なCOの場合、相境界近傍(高温)ではCOが安定化するが、相境界から遠い低温では融解する。このことは、光のエネルギースケールと、転移温度に対応する遥かに低エネルギーの励起が強く相互作用していることを示しこの物質における光、THzの協奏効果が期待できる。そのほか、ダイマーモット型二次元有機伝導体におけるTHz定常スペクトルや電場下におけるラマン測定を行った(PRB95, 085149(2017))。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
近赤外単一サイクル強電場による電子の制御と、THz電場によるフォノンの制御の相乗効果を狙う本研究においては、具体的な物質における近赤外とTHzそれぞれの電場の役割を明確にしておくことが重要である。本年度は、典型的な強誘電電荷秩序物質(電子強誘電体)において近赤外光の振動強電場による電荷局在効果(動的局在)のダイナミクスの解明し、さらに、THz帯のフォノンダイナミクスを定常および近赤外励起THzプローブ分光により明らかにした。極めて特徴的なこと結果として、バンド幅相図(温度-(圧力)バンド幅)相図の場所によって、電荷秩序が融解したり、安定化したりと、全く異なる電子応答が観測されたことである。すなわち、電荷秩序を光励起することによって超高速融解する現象は従来から知られていたが、この物質系では、比較的弱い(不安定な)電荷秩序を光励起すると、むしろ電荷秩序は安定化して強固になる、と言うことが分かった。この特徴は物質の種類(バンド幅)や温度を変え、電荷秩序が徐々に強固になるにつれ、融解へと変化するが、より強固な電荷秩序の場合には融解もしない。特に、本研究では、THz帯のフォノンピークをプローブとして電荷秩序の変化を検出しており、近赤外光によってもたらされる電子状態の変化が(空間反転対称性の破れを介して)THz帯のフォノンと強く結合していることを示す結果でもある。このことは、今後行う。近赤外光とTHz光を組み合わせた実験においても重要な知見となる。 更に二次元有機伝導帯α-(ET)2I3において、近赤外光による二つの非線形効果、すなわち、光誘起絶縁体-金属転移と、THz発生がどのように競合するのか、に関する検討を開始した。これらもまた、近赤外光と、THz電磁波の応答がどのように協奏、競合するのかを理解するために不可欠である。
|
今後の研究の推進方策 |
動的局在を示す二次元有機伝導体α-(ET)2I3において、近赤外強電場に対する応答を調べていたところ、「テラヘルツ波発生の波形が、励起赤外光の強度に依存して変化する」という興味深い現象を見出した。この物質では、反転対称性の破れに伴う二次の非線形光学効果により、(第二高調波発生と同様に)THz波発生が観測されることを報告してきた(Itoh et al., APL2013)。これまでに、その強度が極めて強いことや、テラヘルツ波がピコ秒以上持続することなど、フォノンに共鳴していることによる増強効果が示唆される(Itoh, Iwai et al., APL2013)。本年度、本年度、入射光強度に対する発生THzの波形を詳細に調べたところ、強励起下では、入射光による光誘起相転移(絶縁体-金属転移)が結晶内部で起こり、THz波発生を抑制して、THz波の波形を大きく変化させることを明らかにした。この結果は、THz波の波形制御技術の新しい機構すなわち、近赤外光電場による効果(光誘起相転移)と結晶内部で発生するTHz分極(フォノンアシストTHz波発生)が競合する効果として期待できる。次年度はこのTHz波の変調機構のより詳細な探索や他の物質における類似な効果の調査を行う予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
赤外光検出器のほか、消耗品の高強度THz発生および導入用光学部品(結晶ホルダ、レンズ、ミラーなど)に使用したが、わずかに安くなっていたため。
|
次年度使用額の使用計画 |
次年度は空中ファイバー(30万円)のほか、消耗品の6fsパルスの高出力化用光学部品を購入予定。
|