本研究は、単層MoS2と同様のスピン・バレー構造を有するバルク3R-MoS2試料や極性構造による巨大ラシュバスピン分裂を持つBiTeBrをはじめとする空間反転対称性の破れた半導体を対象とし、その光応答の過程を電子構造の観点から明らかにすることを目的として行った。光源にフェムト秒レーザーを用いたポンププローブ型角度分解光電子分光実験により、運動量およびエネルギーで分解した電子の超高速現象を時分割測定により観測することが可能である。 3R-MoS2においては、3 eVのポンプ光と28 eVのプローブ光を用いた測定を行った。バレーを構成する価電子帯頂点があるK点(運動量空間におけるブリュアンゾーン端)に着目した測定を行ったところ、100 fsでフェルミ準位直上の伝導帯底部へと電子が励起される様子が観測された。価電子帯のバンドは平衡状態と比べてブロードになると同時に0.1eV程度低束縛エネルギー側にシフトしており、この時間領域においてバンドギャップが5%程度小さくなることを示唆する結果を得た。一連の時分割測定により、このバンドギャップの減少は光電場による非線形光学過程や電子温度の上昇によるものではなく、電子―ホールのキャリア励起状態を反映したものであると考えられる。以上の得られた結果をもとに、現在論文を投稿準備中である。 一方極性半導体BiTeBrにおいては、1.5 eVのポンプ光と6 eVのプローブ光を用いた測定を行った。バルクの極性構造を反映し、表面で形成される量子井戸状態に着目した光応答を観測したところ、高速のバンドシフトが生じる様子を確認した。これは、光照射による分極構造の高速変化を捉えたものであると考えられる。今後偏光依存性の測定によりメカニズムを明らかにし、論文発表を行う予定である。
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