研究課題/領域番号 |
16K13824
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研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
赤井 一郎 熊本大学, パルスパワー科学研究所, 教授 (20212392)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 光物性 / スペクトル分解 / ベイズ推定 / データ駆動科学 / マテリアルズインフォマティクス / 極限測定 |
研究実績の概要 |
本研究では、固体光学スペクトル解析に、ベイズの定理に基づいた最新情報科学の方法論を適用し、既存解析法の諸問題を解決して光物性研究の革新をもたらす。 当該年度では、亜酸化銅の励起子系の吸収・発光スペクトルのスペクトル分解に、メトロポリス法やレプリカ交換モンテカルロ法を実装したベイズ推定を導入した。吸収スペクトルには、励起子のリュードベリシリーズが観測されるが、その物理法則をベイズ推定に組み込むことにより、バンドギャップエネルギーの推定精度が飛躍的に向上することを示した。これにより、基板間にエピタキシャル成長させた亜酸化銅薄膜結晶が、基板との格子不整合による応力効果を受けている確証を得ることが出来た。 この結果に加え、固体材料中のフォノンモードの特定に用いられるコヒーレントフォノンデータ解析にベイス推定を導入する研究に取り組んだ。既存の解析法では、フォノンの減衰振動波形データをフーリエ変換して、フォノンモードの特定を行ってきた。それに対し、ベイズ推定では減衰振動の物理モデル(因果律)を導入することが大きく異る。モード振動数の高精度推定において、減衰波形のフーリエ変換では不確定性幅が大きな障害になるのに対し、物理モデルを導入したベイズ推定では2桁以上の制度を向上させた推定が可能であることを示した。 現在これらの研究成果をベースにして、可視光光学スペクトルに限らず、放射光を用いた様々なスペクトルに対して、データ駆動科学の導入を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究ではベイズ推定等のデータ駆動科学を光物性スペクトルデータ解析に導入し、以下の様なデータ解析の革新をもたらした。 (1) スペクトル分解において、各スペクトル要素のパラメータ、特に遷移エネルギーに既知の物理法則を導入することにより、求めたい物理量の高精度推定を実現した。 (2) コヒーレントフォノン信号に代表される減衰振動波形は、様々な物理計測で得られる。この波形に含まれる固有振動モードの推定には、フーリエ変換やウェーブレット変換が用いられてきたが、不確定性原理が推定精度の向上を阻んでいた。本研究では、適切な物理モデルを因果律として導入したベイズ推定で、その限界制度を突破したモード特定が出来ることを示した。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、固体材料の発光スペクトルのスペクトル分解にベイズ推定を導入する。発光スペクトルには励起状態の熱分布を反映したフォノン側帯発光等が含まれ、励起子状態の有効温度を推定することが出来る。本研究で取り組む亜酸化銅の発光スペクトルには、格子歪由来で微細にエネルギー縮退が解けた複数の励起子共鳴発光とそれらのフォノン側帯発光が重畳する。今後、これらのスペクトル分解と、励起子系の有効温度を高精度推定するため、ベイズ推定に取り組む。また並行して進めているサブ1Kの超低温における微弱発光スペクトルの極限測定データ解析への展開に取り組む。 また、半導体超格子系の高密度状態が与える発光スペクトルのスペクトル分解とそのダイナミクス解明にベイズ推定を行う。これらのスペクトルには、励起子、励起子分子、電子正孔液滴状態の発光スペクトルが重畳している。ベイズ推定では、電子正孔液滴状態の安定化エネルギーの高精度推定を進める。 これらのベイズ推定の方法論は、可視光光学スペクトル以外でも高い汎用性を示す。今後、可視光光学スペクトルに限らず、放射光を用いた光電子スペクトル様々なスペクトルに対して、データ駆動科学の展開を進める。
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