研究課題/領域番号 |
16K13869
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
蓬田 清 北海道大学, 理学研究院, 教授 (70230844)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | ウィーナーフィルタ / 非線形逆問題 / 波動理論 / 2次元データ / 局所的極小の回避 |
研究実績の概要 |
波形記録などの比較(例:観測波形と合成波形、複数の波形間の相互相間)の際には、位相の周期性のために局所的な極小で推定され、真の一致に対応する極小への探索が困難となる。本研究では、従来の時間領域での波形残差を基準とは全く異なった、ウィーナーフィルタを介しての残差を評価する新しい手法の開発を目指した。基本的理論を確立し、主に地震学に関する具体的な応用例を試みた。 短い時間幅の波形データに対しては、FFTによる周波数解析では精度が落ちる。2016年5月30日の小笠原西方沖の巨大深発地震での、日本列島のF-netの広帯域波形記録より、マントル内をほぼ垂直に地表と核・マントル境界を往復するScS多重反射波を扱った。二つの波群(例:ScSとScS2)の記録を、入力と出力としたウィーナーフィルタで比較した。フィルタの係数(長さ)の任意性があるが、誤差と係数の個数のトレードオフをAICなどの統計的手法により最適フィルタを決定した。こうして得られたフィルタのフーリエ解析より、振幅や位相の周波数特性が広い周波数帯域で安定・精度よく求められた。例えば、小笠原西方沖の深発地震のF-net波形では、周期20秒から0.5秒まで太平洋沿岸の観測点ではQ値が150-500程度に求まり、観測点毎の相違も議論できた。 また、重力下の粘性流体の理論を応用し、有限な圧縮性のある流体より、津波の変位成分についての運動方程式・構成方程式を導入した。速度成分による非圧縮性流体での従来の理論では、人為的な静的成分の導入が必要だったのに対し、海底面変動から自然に導出されることを示した。津波データは観測点数・密度で劣っているばかりか、海深で伝搬速度が異なることで不均質性が強く、位相の周期性による局所的極小の影響が地震データより深刻であり、新しい励起・伝搬理論との組み合わせ、観測記録の正しい解釈が可能となった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
地震波形記録については、提案するウィーナーフィルタによる新しい手法を具体的に示すことができた。観測される複数の波形の相互相関は、最近の地震学では数多くの適用例が見られ、特に特定の波群、すなわち時間幅が短い記録について幅広い応用が期待され、新しい成果となった。そのために、合成波形記録との比較による逆問題については定式化の進展はあったが、具体例での応用に取り組む余裕がなかった。 一方で、津波波形記録(特に、ここ数年で展開された海岸線の複雑な影響のない沖合での海底水圧計による記録)の定量的解釈について、理論的にも不十分な点が多かったが、伝搬・励起についてより正確な定式化を得られることができた。このような新しいデータについて、地震波形記録と同様にウィーナーフィルタを介した新しい解析方法への視野を広げることができた。
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今後の研究の推進方策 |
地震波形記録については、これまで有効性が確認された複数の波群の相互相関の応用例を広げる。まず、S波スプリッティングによる異方性強度、とりわけその時間変動の検証を考える。2つの水平成分記録のS波部分の相関の直接計測では、偏向面の方位の測定はよく求まるが、その時間差は波の凸凹もあって測定が困難である。ウィーナーフィルタで2つの記録を比較すれば、安定して走時差を測定できるばかりか、その時間変化の検出も向上し、火山地帯や断層付近でのイベント前後の微妙な変動の有無を正しく評価できることが期待される。また、表面波の位相速度分散(周波数依存性)の解析は、地下構造の推定の基本手法である。これまでの長周期から徐々に短周期へと2-piの位相の飛びの追跡を用いると、ノイズを含む実データでは見逃し等の発生の可能性があり、本研究のアプローチでより安定かつ自動的な検出ができるはずである。 さらに、InSARなどの2次元データへの拡張に取り組む。2次元フィルタの効率的なアルゴリズムを検討する。また地震波形などの1次元データに比べて、データの1部分のみが全体のフィルタの評価に大きく影響する可能性もあり、その定量的な挙動を明らかにすることで、ノイズも相当含まれる、あるいは領域の一部が欠損している実データで大きなバイアスが混入しないかの基準を確立する。 前年度に開発した津波の励起・伝搬については、従来の波形記録の合成波形との比較に加え、昨年から本格的運用が始まったS-netなどの最新の2次元に近い観測網でのデータ、すなわち時空間変動に本研究の手法の応用を試みる。地震観測網に比べると、密度で劣り、さらに不均質性の伝搬への影響がより強いので、観測点間の波形について位相の2-piの飛びが頻繁に発生することが容易に想像される。このような状況では本研究の手法の有効性がより際立つ可能性があり、定量的な検討を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
極めて少額のため、有効な該当物品等がなかったため。
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次年度使用額の使用計画 |
極めて少額なので新年度に合算して使用する。
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