複数の波形(ここでは地震波形記録)の比較では、時間毎の差や相互相間係数といった、時間領域での直接的な解析が行われてきた。そこには位相の周期性による任意性による多数の局所的準最適点のため、初期推定の精度が十分でないと、最適解の推定が困難でなる。本研究では、時間領域のWienerフィルタにより波形全体の比較の指標を用いて、この困難を取り除き、広範囲の分野での波形記録への解析法を開発した。 前年度に引き続き、記録長の短い波形記録に対して、フィルタによる解析法を従来のスペクトル比をより詳細に比較した(例:日本列島全体の観測点での核・マントル境界での多重S波反射波)。フィルタ解析法は記録の両端の切断の影響を受けず、広周波数帯域のスペクトル比、ここでは減衰定数が求めらえた。赤池情報量基準によるフィルタ係数の最適数の制約に加え、出力とみなす波形を入力波形の主要部分より遅れてずらすと常に安定した結果が得られ、その解析手法はほぼ確立された。 一方、相互相関については、S波スプリッティングの計測から地殻内での異方性の推定に適用した。水平2成分の回転角と走時遅れの2パラメターを推定するが、従来の相互相関では回転角は比較的安定して求められ、最新の研究ではその時間変動までも議論されている。しかし、位相の任意性のため、走時遅れの推定は曖昧で、定量的な議論ができなかった。フィルタによる推定では、回転角と同程度の精度と信頼性で走時遅れも求められることがわかった。さらに、単純に波形を時間軸でずらすモデルによる相互相関との結果と若干異なる事例も見つかった。これらは実際の異方性に周波数依存性(分散)が強くあり、単純な波形の走時遅れでは説明できない場合である。本研究の手法は、これまで扱われなかった異方性の分散を安定して求め、地震学に限らず、多くの分野で有用であることが示された。
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