今年度の研究では,紫外線照射量が極めて高い,潮間帯のタイドプールなどで特異的に生息する「造礁性イシサンゴ:Oulastrea crispata(キクメイシモドキ)」の軟体部と骨格部に注目し,紫外線吸収物質(MAAs)と黒色色素の検討を行った. キクメイシモドキ軟体部のUV吸収強度測定,高速液体クロマトグラフィー(HPLC),液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS),核磁気共鳴(NMR)測定を通じて,軟体部から複数のMAAsが検出された.共生藻を欠く白化したキクメイシモドキ軟体部からもmycosporine-glycineが確認されたことから,キクメイシモドキ自らが紫外線吸収物質を生合成している可能性が高い. 一方,黒色骨格色素は,サンゴ個体同士の境界部である「壁部」,個体内部の「隔壁外側周辺部や内縁部」,個体中心の「莢部」で顕著である.色素の沈着は,骨格の成長速度が相対的に遅い箇所で差別的に生じている.また,黒色骨格から色素を抽出し,NMR測定,HPLC,LC-MSで解析した結果,含有物質はプロトポルフィリン類と判明した. キクメイシモドキは,汚泥が堆積しやすい極浅海域環境で特徴的に生息するために,多種のMAAsを合成することで「紫外線対策」や「共生藻の効率的な光合成活動」を可能にしている.さらに,骨格にプロトポルフィリン類を含有することで,病原性細菌類に対する防御機構を備えている可能性が考えられる.本結果は,生物が特殊なニッチの開拓をするための生化学的な変化の一側面を示している.
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