研究課題
エアロゾル中の鉄は、北太平洋を含む世界の様々な海域(HNLC海域)において、生物による一次生産を支配する制限因子とみなされている(Martin and Fitzwater, 1988)。すなわち、海洋表層への水溶性鉄の増加は植物プランクトンの増加を促し、海洋による二酸化炭素の吸収量を増加させると考えられている。そのため、HNLC海域への様々な起源の鉄の供給量や海水への溶解性が議論されている。このうち、特にエアロゾルとして大気から供給される鉄が最も重要とみなされている。現在の環境では、このエアロゾルは、鉱物エアロゾル(ダスト、例として黄砂が挙げられる)と人為的に生成したエアロゾルの2つに大別され、このうち人為起源エアロゾルは、鉱物エアロゾルに比べて鉄の量は少ないものの、水への溶解性が鉱物エアロゾルに比べて著しく高いため、その海洋への寄与は鉱物エアロゾルに比べて無視できないと推定されている。そのため、海洋表層の水溶性鉄の供給源として、人為起源エアロゾルと鉱物エアロゾルの寄与を比較することは、今後の地球温暖化を予測する上でも不可欠な課題といえる。一方、物質の起源解析をする上で、元素の同位体比はしばしば重要な役割を果たすが、エアロゾル中の鉄について、人為起源と自然起源を定量的に区別する研究は、これまで十分に研究されてこなかった。そこで本研究では、このエアロゾル中の鉄の起源解析に鉄の安定同位体比を用いることを着想し、その分析を進めた。その結果、人為起源の鉄は、これまで報告のない非常に低い鉄の安定同位体比を持つことを見出し、それにより、海洋表層の鉄に対する人為起源鉄の寄与が無視できない量であることを解明した。またその低い安定同位体は、自動車排ガス、廃棄物焼却場、製鉄所などでのサンプリングと分析に基づき、人為的な燃焼過程により生成することを示す結果も得た。
1: 当初の計画以上に進展している
既に鉄安定同位体比の測定法を確立すると共に、野焼きや製鉄所など、鉄が気化を経験すると思われる現象について、放出されたエアロゾル粒子をサンプリングし、その試料中の鉄化学種と同位体比を測定するなど、当初計画している研究を順調に進めている。また製鉄所由来のエアロゾルについては、亜鉛同位体にも測定しており、その違いが元素の沸点に関係することを示唆する結果も得られたので、本研究は当初の計画以上に進展しているものと評価した。
今後は、このような気化に伴う同位体分別現象をさらに明らかにするために、燃焼炉を購入し、室内系で気化した粒子の同位体比を測定する計画である。特に以下の観点からの実験を進める。(1)鉄について、化学種の違いが沸点の違いを生み、引いては同位体分別の程度の違いを生むと考えられるので、これらについて着目した研究を進める。(2)また鉄や亜鉛など、沸点の違う元素において、どの程度同位体分別の大きさが変化するかを調べる。これらの研究とは別に、福島原発事故において気化による過程の後で生成したと考えられるセシウム濃集粒子(セシウムボール)の大量分離に成功したので、これらに含まれる鉄や亜鉛の同位体比を測定することで、これらの同位体分別から、このセシウムボールが気化により生成したことかどうかを検討する計画である。
X線顕微鏡による分析に一部遅れがあり、そのための消耗品(TEM用試料Cuグリッド)の購入を次年度に繰り越した。TEM用試料Cuグリッドは、なるべく新しいものを使いたいので、そのような措置をとった。
STXM分析を行う際に、これらTEM用Cuグリッドを購入・使用する計画である。
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すべて 雑誌論文 (10件) (うち国際共著 2件、 査読あり 9件、 オープンアクセス 8件、 謝辞記載あり 7件) 学会発表 (47件) (うち国際学会 19件、 招待講演 5件)
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