液体中の化学現象では、分子自体の性質に加えて溶媒和圏の液体物性が重要な役割を果たす。この溶媒和圏のみを磁気共鳴観測できれば、液体中の諸現象を理解する助けとなる。本研究では、溶媒和圏の高感度磁気共鳴観測法の開発に資する光誘起Overhausser効果の解明に取り組んだ。この現象では、光励起分子の電子スピンが分極 (DEP) すると、溶媒和圏分子を核スピン分極 (DNP) させる。このDNPにより、溶媒和圏分子のみのNMR信号が増大する。開発を目指す測定装置では、この原理を利用して溶媒和圏のみを観測する。この動作原理では、信号強度はDEPの大きさおよびOverhausser効果で発生するDNPの大きさに依存する。 本研究では、代表者が大きく研究を推進してきた光励起三重分子のキサンテン系色素の可視パルスレーザー光照射による電子励起状態生成と、そのニトロキシドラジカルによる緩和過程でニトロキシドに発生するDEPについて、観測実験を行った。DEPが大きい分子系ほどDNPが大きくなると推測されるので、DEPを大きくする因子を解明する研究を行なった。おもにDEP強度の溶媒依存性で有益な情報が得られた。キサンテン色素は、溶媒分子を強くひきつけて拡散する場合が多く、キサンテン色素の光励起状態がニトロキシドと衝突してDEPを発生する際に、この両分子の間に溶媒分子が挟まって相互作用し、溶媒分子サイズが大きいほど分極が小さくなることを、時間分解ESR観測によって明らかにした。 以上より、水のような小さな溶媒中でキサンテン色素の光励起を行なうと、キサンテン色素と衝突するラジカルのDEPが大きくなるため、ラジカル近傍の水分子に強いDNPを発生させると推測した。従って、タンパク質に溶媒和した水を観測する祭に、本研究が示したキサンテン色素の光励起を用いる方法が有用であることが示された。
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