研究実績の概要 |
フラーレン、カーボンナノチューブ、コランニュレン、スマネンなどの曲面π共役化合物の研究は最近のトピックスとして詳細に研究されている。一方、曲面σ共役化合物はこれまで合成例がなく、研究が行われてこなかった。平成28年度はボウル形オリゴシランであるデカシラヘキサヒドロトリキナセンを合成し、その構造と電子的性質を明らかにした。 まず、前駆体であるトリス(1,3-ジブロモ-1,1,2,3,3-ペンタメチル-2-トリシラニル)メチルシランをカリウムグラファイトで還元して、デカシラヘキサヒドロトリキナセンを合成した。この化合物の立体構造には、中心ケイ素原子及び隣接した三つのケイ素原子に置換したメチル基の向きによって四つの可能性がある。29Si NMRスペクトルの実測値とGIAO計算で求めた化学シフトを比較すると、ボウル形構造をもつ立体異性体であることがわかった。また、四つの立体異性体のエネルギーを計算したところ、このボウル形化合物は最も低いエネルギーをもつことがわかった。 この化合物の紫外吸収スペクトルにおける最長波長吸収極大は318 nmに観測され、TD-DFT計算の結果、HOMOからLUMOへの遷移による吸収帯であることがわかった。HOMOはボウルの面内に非局在化したケイ素-ケイ素結合のσ共役軌道であり、LUMOはケイ素-炭素結合のσ*軌道が重なってできた擬π*軌道であり、ボウルの上下に存在する。このようにケイ素骨格をもつ曲面σ共役化合物は曲面π共役化合物とは異なる電子的特徴をもつことが明らかになった。
|