無機半導体表面を基盤とした有機化合物のナノ構造体を構築し、機能を発現させるためには、無機半導体表面での有機化合物の吸着構造の正確な理解と化学的制御が必要不可欠である。本年度は、無機半導体として昨年用いたアナターゼ型TiO2ナノ粒子に加えて、立方晶構造を有するペロブスカイト型チタン酸化物ナノ粒子とシリコンナノ粒子を用いて、強吸着領域(化学吸着)から弱吸着領域(物理吸着)までの幅広い吸着様式にわたる研究を行った。実験を行う中で、当初想定していなかった現象が弱吸着領域で観測された。SrTiO3ナノ粒子表面にクーロン相互作用により吸着したカチオン性のメチレンブルー色素が、可視光を吸収することでSrTiO3表面を移動し、H会合体を形成することがわかった。この結果は、化学吸着により界面ナノ構造体を構築しようとしていた当初の方法論ではなく、有機化合物を弱く無機半導体表面に吸着させ、光誘起分子移動により安定なナノ構造体を無機半導体表面に形成できることを示している。この光誘起分子移動のメカニズムを調べるために、温度上昇効果について検討したが、顕著な光誘起分子移動は観測されなかった。この実験にもとづき、メチレンブルーの光誘起分子移動は、電子励起と緩和によるメチレンブルー内の電荷分布の一往復の変化により起きている可能性があることが示された。光誘起分子移動は、光駆動型分子ナノ機械や光駆動型ドラッグデリバリーシステムの開発において重要な研究テーマである。これまで研究されてきた光誘起分子移動は光吸収による分子構造変化によって起きていた。本研究は、光誘起分子移動のための新たなメカニズムとして、光誘起電荷分布変化による光誘起分子移動の可能性を示している。
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