ドラッグデリバリーシステムなどへの展開が望まれる水溶性分子機械の重要機構である「ラチェット機構」の実現を目指した。モデル分子として,光異性化特性を有するアゾベンゼン部およびスチルベン部をスペーサーで連結した両端に嵩高い親水性末端基を持つダンベル状分子とα-シクロデキストリン(α-CD)を機械的にインターロックさせた水溶性[2]ロタキサンを設計した。このロタキサンの水溶液へ照射する光の波長を切り替えてアゾベンゼン部およびスチルベン部を逐次E-Z異性化させ,その際,疎水性の非対称空孔を持つα-CD環の射出方向が規定されることを期待して一方向並進運動の達成を企図した。 始めに標的化合物の部分構造であるアゾベンゼン部のみを有するα-CD[2]ロタキサンを合成した。この[2]ロタキサンの光異性化部がE配置のときα-CD環はアゾベンゼン上に位置していることが重水溶液中のNOESYスペクトルによって示された。続いて,360 nm光を照射した結果,120分で光定常状態に達し,Z体比が95%となることを確認した。この状態においてα-CD環の中心はアゾベンゼンに隣接したスペーサー上に位置していることが確認され,α-CD環の短径側空孔内水素とアゾベンゼンのスペーサー側芳香族水素との間にNOE相互作用が見られることからα-CD環は長径側へ射出されたことが判明した。また,この水溶液を加熱してアゾベンゼン部をE配置へ戻すとα-CD環は初期位置へ復帰することが確認された。 続いて,上記の分子構造にスチルベン部を挿入した標的[2]ロタキサン分子の合成を検討した。現在,スチルベン部とスペーサーの連結段階まで合成反応が進んでいる。今後,標的分子の合成を完遂し,異波長の光照射によってアゾベンゼン部およびスチルベン部を個別にE-Z異性化させることでα-CD環の一方向移動を実現させる予定である。
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