水素社会に向けて,水素環境下では金属材料の力学特性が劣化するという水素脆化問題の解決が必須である。本研究では,開発した手法により水素添加したオーステナイト系ステンレス鋼SUS304の水素脆化誘起欠陥を明らかにし,その機構の考察を目的とした。水素誘起欠陥の検出には非破壊で空孔型欠陥を高感度検出可能な陽電子消滅法を用い,加工誘起組織はX線回折により測定した。電解水素チャージ法で水素添加したSUS 304(0.2 mm厚)では水素導入領域は10 ミクロンとわずかであるが,延伸により水素脆化を示した。通常の延伸では転位のみが観察されるが,水素環境下では空孔クラスター形成がみられた。これは,水素環境下では延伸時に空孔-水素複合体が形成し,それが凝集したものと考察している。次に水素添加SUS 304を10%延伸した後,水素導入層10 ミクロンを除去した試料を延伸したところ水素脆化を示し,かつ破断試料では空孔クラスターが観察された。10%延伸によりα’相やε相の形成および空孔クラスターは誘起されたが,それは水素導入層の10 ミクロンに限定されていた。したがって,本結果は10%延伸により水素が10 ミクロン以上の深い領域まで拡散し,空孔クラスターの核となる空孔-水素複合体を形成していたことを示唆している。延伸中に水素が試料内部へ拡散する機構として,α’相の形成や転位の移動に伴う拡散などが考えられるが,本結果から転位運動に伴い水素がすべり面に沿って蓄積し,局所的に空孔-水素複合体を形成し,それが水素脆化を誘発したと考察した。以上,本研究は長年の問題であった水素脆化支配欠陥に一つの解を与えたものであり,今後の展開に資する萌芽的研究となった。
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