細胞を生きたまま、その標的とする細胞小器官のATP 濃度を定量的に計測することは未だに困難な課題である。本研究課題では、細胞内のATPの空間的な分布と同時に、「狙った場所」のATPの濃度を定量的に解析出来る手法の開発を目的としている。昨年度より、ATP濃度を蛍光寿命の値へ変換できる遺伝子コード型の蛍光タンパク質のセンサーのスクリーニングを行い、今年度の始めに、その最適化を完了した。ATP濃度を横軸、蛍光寿命の値を縦軸にプロットしたところ、凡そ、0から8mMの範囲で、作動することが分かった(蛍光寿命の値の最大の変化幅は1n sec)。開発したセンサーをHeLa細胞の細胞質に発現させ、フッ化ナトリウムで解糖系のATP産生を阻害したところ、ATP濃度の減少に伴う蛍光寿命の増大が確認できた。続いて、開発したセンサーに、核やミトコンドリアにターゲットできるシグナル分子を導入し、狙った小器官のATP濃度を検出できることもわかった。特に、酸化的リン酸化のATP産生は、細胞のエネルギー代謝研究において最も重要であり、センサーをミトコンドリアに発現させることで、センサー自体がATP産生系を阻害する可能性も懸念されたが、センサー導入後も、ミトコンドリアの形等に、目立った変化は観察されなかった。続いて、様々な阻害実験を行い、ATP動態の時間的な変化を位相ドメインの蛍光寿命の顕微鏡で確認した。また、開発したセンサーを様々な細胞種の細胞質とミトコンドリアに発現させ、それぞれのATP濃度を定量解析を行った。ここに、ATP濃度と蛍光寿命の関係を表す検量線を導入し、それぞれの細胞のATPの絶対濃度を見積もったところ、概ね、細胞質やミトコンドリアの濃度は検量線の範囲内に収まっていたが、中には、検量線の範囲を著しく超える(8mM以上)細胞種もあることが分かった。
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