研究課題
バクテリアの細胞膜には、H+の電気化学ポテンシャル勾配を利用して、毒物を細胞外へ排出する“多剤排出蛋白質”が存在する。通常、多剤排出蛋白質は外向きに毒物を輸送するが、逆向きの勾配が存在する場合には輸送方向が逆転し、細胞内への毒物の濃縮が起こると期待される。本研究では、イオンポンプ型ロドプシンを出発材料として、“内向きH+ポンプ”の開発に取り組む。この“内向きH+ポンプ”を多剤排出蛋白質と共発現させることで、光をエネルギー源としながら、細胞内へ毒物を濃縮する“環境浄化微生物”の作製を最終的な目標としている。藍藻Anabaenaから見出されたAnabaena sensory rhodopsin (ASR)は、弱いながらも内向きH+ポンプ活性を持つことが知られている。そのため、ASRのH+移動反応に関わる残基の解析を行い、内向きH+ポンプ活性を強化するための変異を検討した。ITO(indium tin oxide)電極表面にASRを吸着させ、光反応中に起こる過渡的なH+移動反応を測定した。種々のアミノ酸置換変異体を用いた解析から、光活性化した大部分のASRは、Glu36を介して、H+を細胞質側溶媒から取り込み、ついで、Asp217を介して、同溶媒中へ放出することが解った。一部のASRでは、細胞外側からH+を取り込むため、内向きのH+ポンプ活性が観測されると考えられた。そこで、細胞質側からのH+取込みを抑制することで、内向きH+ポンプ活性が増大することを期待して、Glu36を非解離性アミノ酸へ変異させたが、活性の上昇はわずかであった。この変異に加えて、細胞質側へのH+放出、及び、細胞外側からのH+流入を促進させる変異の導入が必要であると考えられた。
2: おおむね順調に進展している
ASRのH+移動反応の大部分は、Glu36とAsp217を介する細胞質側でのH+の循環反応であることが解った。これにより、内向きH+ポンプ活性の強化手法として、1.Glu36を介するH+取込みの阻害、2.Asp217を介するH+放出の促進、及び、3.細胞外側からのH+取込みの促進、を考案できた。結果として、1のみでは僅かな活性強化しか見られなかったが、さらなる変異を考える上で有益な情報が得られた。
1.ASRのAsp217周辺、及び、細胞外側チャネルに親水性残基を導入し、内向きH+ポンプ活性の強化を図る。2.外向きH+ポンプの膜内トポロジーを逆転させることで、内向きH+ポンプの実現を図る。そのために、他のロドプシンの全長、あるいは、部分配列を、外向きH+ポンプのN末端側へ融合させる。3.最も強い多剤排出活性を示すRND型蛋白質の遺伝子をクローニングし、イオンポンプ型ロドプシンとの共発現系を構築する。
大腸菌膜に発現したロドプシンを精製するため、dodecyl-β-D-maltoside(DDM)という界面活性剤を用いている。非常に高価であるため、その購入経費を多く見積もっていた。しかし、ASRの発現条件を検討した結果、細胞あたりの発現量向上を実現できたため、DDMの使用量を当初想定していたよりも減らすことができた。
今後の推進方策で示した2と3では、融合蛋白質とRND型蛋白質の発現系を構築する。大腸菌での大量発現が必須であるため、コドンが最適化された合成遺伝子を購入予定である。さらに、上述したDDM、遺伝子工学用試薬、光学部品などの消耗品、及び、学会出席のための旅費に使用する。
すべて 2016
すべて 雑誌論文 (1件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 1件)
BBA-BIOENERGETICS
巻: 1857 ページ: 1900-1908
10.1016/j.bbabio.2016.09.006