複雑な階層構造において微視組織要素レベルでのき裂進展機構を解明することができれば、破壊・疲労に関する新たな知見を得ることができ、安全・安心な社会の実現に大いに貢献できる。これまでは結晶粒径をサブミリまで粗大化できる材料について、ミニチュアサイズのコンパクトテンション(CT)試験片を用いた検討により一定の成果を挙げてきた。しかし粗大化が困難な階層組織を有する合金のき裂進展挙動の解析には適用できなかった。本研究では、従来の材料試験において標準的に用いられるCT試験片を50分の1まで縮小した超小型CT試験片を用いたマイクロき裂進展試験技術を確立した。これにより、微視組織要素レベルのき裂進展挙動の観察を可能にするとともに、電子線後方散乱回折(EBSD)解析や透過型電子顕微鏡(TEM)観察などの金属組織学的評価と組み合わせることで、力学特性と組織要素を直接関連付けて、き裂進展機構を解明することが可能になった。階層組織を有する材料として鋼のラスマルテンサイトを選択した。ラスマルテンサイトの構造は旧オーステナイト粒、パケット、ブロック、ラスと順に小さくなっていく。き裂先端部が単一パケットで構成されるようにマイクロ試験片を採取し、切欠き方位を変えて疲労き裂進展試験を行い、き裂進展の晶癖面方位依存性を調査し、疲労き裂進展の素過程を明らかにした。これにより疲労に耐性の高い高強度鋼の設計に有益な知見を得ることができた。また、初期組織としては単相材料であるが、使用環境中で階層組織が発達することで、水素脆性に悪影響を及ぼすオーステナイト系ステンレス鋼についても、発達するマルテンサイトとき裂進展の関係性を明らかにした。これによりステンレス鋼の水素助長疲労き裂進展機構の解明に有益な知見を得ることができた。これらの成果は国際学術誌に2報の論文として発表している。
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