研究課題/領域番号 |
16K14565
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
中川 直 国立研究開発法人理化学研究所, 脳科学総合研究センター, 研究員 (20611065)
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研究分担者 |
米田 泰輔 国立研究開発法人理化学研究所, 脳科学総合研究センター, 研究員 (40709218)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | gap junction / 大脳新皮質第5層 / マイクロカラム / 回路形成 |
研究実績の概要 |
本研究課題では、平成28年度の計画として、①大脳新皮質第5層の2つの主要な興奮性細胞タイプであるSCPNとCPNが発現するコネキシンサブタイプの同定、②GJ機能の操作法の確立、の2点を挙げていた。①については、qPCR法によるサブタイプ同定に必要なmRNAサンプルを取得し、一部のサブタイプについて発現量解析を行ったものの、同定には至っていない。継続してサブタイプ同定を目指す。②については、GJのチャネル機能を阻害するDN体コネキシンの強制発現を、子宮内エレクトロポレーション法により安定して実施できるようになった。そのため、平成29年度以降の実施計画に掲げていたGJ機能阻害実験を開始した。DN体コネキシン強制発現の影響を調べた結果、幼若期のSCPN間の急速で一過的なシナプス形成に電気的結合が積極的には関与しないこと、および成体でのマイクロカラム固有の機能に電気的結合が関与することが確認された。SCPNが縦に並ぶ細い柱状構造であるマイクロカラムは、皮質全体に存在する標準的な機能ユニットとして、眼優位性カラムなど霊長類等が持つ古典カラムと比類する重要な構造であることが期待されつつある。今後、DN体コネキシンがマイクロカラム機能を阻害するメカニズムの探求、およびDN体コネキシン強制発現の個体レベルでの影響の解析等を開始する。さらに、より精密なGJ機能操作法として、DN体コネキシン等の遺伝子を時期および細胞タイプ特異的に発現調節する系を確立しつつある。今後、皮質内基本構造の形成および機能へのGJ ネットワークの関与を詳細に調べられると期待できる。 [文中の略語] GJ, gap junction; SCPN, subcerebral projection neuron; CPN, callosal projection neuron; DN, dominant-negative
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
①;GJは、SCPNとCPNでそれぞれほぼ独立に形成されること、生後1週には密に存在し生後2週の終わりには消失すること、という特徴があることから、SCPNとCPNとで異なるサブタイプのコネキシンを発現すること、そのサブタイプの発現量は生後2週と比較し生後1週では高いことが予想される。そのため、生後1週および生後2週のマウスから、SCPNとCPNのmRNAサンプルをそれぞれ取得した。これらのサンプルで、大脳新皮質での発現が報告されているサブタイプ7種の発現量をqPCR法で比較したが、SCPN―CPN、生後1週―生後2週の間でいずれも顕著な差は確認されなかった。②;SCPNおよびCPNで働くサブタイプを特定できていないことから、RNAiを用いた阻害実験は現時点では難しい。一方、実験者の実験技術の向上から、以前まで頻発していた子宮内エレクトロポレーション法による流産や胎児の水頭症の発生頻度が激減し、DN体コネキシンの強制発現による安定したGJ機能解析が可能になった。この手法を用いて、生後2週に起きる急速で一過的なSCPN間シナプス形成へのGJ機能阻害の影響を調べたところ、DN体コネキシンの強制発現を行った個体と対照群とでSCPN間のシナプス結合確率に顕著な差は見られなかった。このことから、幼若期のGJチャネル機能はSCPN間のシナプス形成に積極的には関与しないことが示唆された。ただしDN体コネキシンは内在性コネキシンによる電気的結合を部分的にしか阻害しないため、shRNAなど他の阻害法で調べ直す価値はある。一方、成体マウスにおけるマイクロカラム固有の機能への影響を調べたところ、DN体コネキシンを発現するマウスでは機能が有意に低下してした。SCPNの基本的な活動性には顕著な影響が見られなかったことから、マイクロカラム特有のシナプス回路形成に幼若時期の電気的結合が関わる可能性が示唆される。
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今後の研究の推進方策 |
前述のように、DN体コネキシンによる幼若時期のGJのチャネル機能阻害は、マイクロカラム固有の機能を選択的に阻害したことから、マイクロカラムの機能的役割の解析に適したツールであることが期待される。本阻害法を行ったマウスでの行動実験や知覚実験を行うことで、大脳新皮質機能全体におけるマイクロカラムの重要性を調べる実験を新たに開始する。本実験においてはDN体コネキシンの時期及び細胞タイプに特異的な発現法の確立が望まれ、速やかに着手する。 一方、細胞タイプに特異的な細胞配置の形成にはGJの接着機能が関与する可能性があり、その検証にSCPNとCPNで働くコネキシンサブタイプの同定が必要なため、引き続き同定を目指す。下記2つの実験を検討している。1. qPCRに用いたプライマーとmRNAサンプルは適切だったかを確認、および未検討のサブタイプの発現量解析。2.mRNA量には差は無いが翻訳以降の過程で機能が制御されている可能性があるため、翻訳を阻害するshRNAの強制発現を個々のサブタイプについて行い電気的結合の消失の有無を電気生理学的に解析。 成体マウスで見られる細胞タイプ特異的なシナプス結合の形成に幼若期のGJネットワークが関与する可能性を検討することを当初計画していたが、上記の実験を優先し一時的に優先順位を下げる。 他方で、大脳新皮質の出力層には第5層と第6層があり、第5層と同様に第6層にも、異なる投射先を持つ2種類の興奮性細胞が存在する。最近の研究代表者らの研究により、第6層にも特有のGJネットワークがあることが確認された。GJの機能解析を、第5層で集中的に行いながら他の層でも並行して行うことで、皮質全体におけるGJネットワークの神経回路形成および機能への関与を明らかにしていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
大脳新皮質第5層gap junctionネットワークの基礎的な研究結果をまとめた論文を投稿することは本研究課題の実施に不可欠であるが、この論文の投稿が遅れていたため、本研究課題に費やせる時間が十分でなかったことが第1の大きな理由である。現在、論文はreviewの段階にあり、1-2ヶ月後には本研究課題にほぼ専念できる状況になる可能性が高い。 もう1つの大きな理由として、1年以上かけても十分に向上しなかった子宮内エレクトロポレーション法の成功率が、今年度中に劇的に改善された点が挙げられる。子宮内エレクトロポレーション法による遺伝子導入はウィルスによる遺伝子導入と比較して、導入できる塩基数の制限が弱く、発現強度は一般的に強く、かつ大脳新皮質に限局した遺伝子発現を行える。これらの利点があることから、GJ機能阻害実験にウィルスを使用する必要性が低く、ウィルスに使用する予定の資金を使用しなかった。
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次年度使用額の使用計画 |
昨年度で当研究室を退出した研究員が子宮内エレクトロポレーション法に必要な機材を持ち出したため、その機材を購入する予定だ。また、子宮内エレクトロポレーション法と比較してウィルスの利点は、侵襲性が低いことに加え、遺伝子発現を及ぼす領域が広いことが挙げられる。CaMKIIαプロモーター等を用いてウィルスによる遺伝子発現を大脳皮質に限局させ、gap junctionの機能を皮質全体で阻害したときに個体レベルで生じる表現系を探索する実験を検討しており、現在、その実験を可能にするするウィルスの構成を検討している。その他は計画通り、実験動物や逆行性トレーサー(Alexa Fluor 488-conjugated cholera toxin subunit B、および他の波長)、その他もろもろの消耗品に用いる予定だ。
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