匂いの知覚は、匂い分子が嗅覚受容体に結合することによって生じる。嗅覚受容体遺伝子は生物種ごとにレパートリーが大きく異なっており、ヒトの匂い受容のメカニズムを理解するには、ヒト嗅覚受容体の機能を解析することが不可欠である。ヒトゲノムには、約400 個もの嗅覚受容体遺伝子が存在するが、技術的な制約によりそれらの殆どは未だリガンドが明らかとされていない。本申請課題では、この状況を打破するべく、ヒト嗅覚受容体の新しいリガンドスクリーニング法の確立を目指した。 これまでヒト嗅覚受容体のリガンドが同定されてこなかった理由として、従来の培養細胞を用いたアッセイ系では機能的な嗅覚受容体が発現しないということが原因となっていた。これに対して本申請課題では、【1】ヒト嗅覚受容体を内在性の状態に近い環境、すなわちマウス嗅細胞に発現させる、【2】ヒト嗅細胞自体をin vitroで作出するという二つの方法を提案した。 【1】に関して、マウス嗅細胞にウイルスインジェクション、遺伝子改変動物の作製という2つの方法を試みた。ウイルスには、アデノウイルス、レンチウイルス、アデノ随伴ウイルスの三種類を試したが、どれも細胞毒性、感染細胞数の少なさ、ウイルス由来の遺伝子の発現レベルの問題によりリガンドスクリーニングを実施するには至らなかった。また、遺伝子改変動物に関しても、トランスジーン由来の嗅覚受容体遺伝子を発現する細胞が、週齢を追うにつれ減少していくという現象によりリガンドアッセイの実験には至らなかった。 【2】に関して、直接変換法に習ってヒト由来の線維芽細胞にレンチウイルスを用いて複数の転写因子を同時に導入することで嗅細胞を作出することを目指した。マイクロアレイ解析を行い嗅細胞の遺伝子発現プロファイルから候補となる転写因子を約20種類同定し、どの遺伝子の組み合わせが嗅細胞の誘導に必要であるかを現在検証している。
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