細胞老化現象は、がんの発生・進展を正にも負にも制御しうる、がん制御の鍵因子の一つと考えられている。我々はこれまで、ショウジョウバエをモデル生物として用い、無脊椎動物においても細胞老化現象とそれに伴うSASP(老化関連分泌)が存在することを発見して、ショウジョウバエにおける細胞老化マーカーやその検出法を見いだしてきた。また、ショウジョウバエ翅原基の正常発生過程において特定の時期・領域で細胞老化を起こす細胞集団(プログラム老化細胞集団)の存在を見いだした。そこで本研究では、ショウジョウバエ遺伝学を駆使し、プログラム細胞老化の誘発機構とその生理的役割の解明を目指した。本研究により、ショウジョウバエ翅原基で起こるプログラム細胞老化がHippo経路のエフェクター分子(転写共役因子)Ykiの活性化により完全に抑制されること、またその責任標的遺伝子としてWg(Wntホモログ分子)およびその下流因子dTCF(TCFホモログ分子)を同定した。また、Wgシグナルを発生中の翅原基で異所的に活性化させてプログラム細胞老化を抑制すると、翅hinge領域の形態形成に異常が生じることを見いだした。さらに、Yki-Wg-dTCF経路以外でプログラム細胞老化を阻害するシグナル経路をRNAiスクリーニングにより探索し、転写因子zfh-2をノックダウンするとWgシグナル活性化と同様にプログラム細胞老化が抑制されるとともに翅hinge領域の形態形成異常が起こることを見いだした。この翅hinge領域の形態形成異常を詳細に解析した結果、感覚器官campaniform sensillaの形成異常が起こっていることがわかった。さらなる解析により、Rasシグナルの下流で機能する転写因子pointedがプログラム細胞老化誘導を介したachaete-scute complex活性を介してcampaniform sensillaの正常な形成を実現することを見いだした。
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