研究課題
多細胞生物を構成する個々の細胞は一部の例外を除いて、基本的に同一のゲノムを有する。しかし、哺乳類雌では、2本ある片方の染色体がランダムに不活性化されるので、実質的に哺乳類雌個体は、異なるX染色体を持つ2種類の細胞によって構成される遺伝的モザイクであると言うことができる。このモザイクパターンの有り様によって、個々の細胞、器官、個体レベルの表現型の違いが生じる可能性がある。一方、常染色体上にもランダムに不活性化されるランダムモノアレル発現遺伝子の存在が示唆されており、同様に遺伝的モザイクの要因になると考えられるが、その正確な実態は明らかにされていない。そこで、本研究では、マウスを材料に、1)常染色体上のランダムモノアレル発現遺伝子を網羅すること、2)モノアレル発現の代表的な例である、ゲノム刷り込み遺伝子発現、ランダムX染色体不活性化が発生過程の何時生じるか、3)ランダムモノアレル発現の開始は上記のゲノム刷り込み型発現、X染色体不活性化の成立とどのような関係にあるかを明らかにすることを目的とする。さらに、これらのランダムモノアレル発現遺伝子の組み合わせにより、同一のゲノムを持つ細胞の間に、どのような「遺伝的」多様性が生じるかを考察する。H28年度は、発生過程において、何時どのようにしてランダムX染色体不活性化が起きるかについて、マウス胚と幹細胞を用いた解析を行い、そのタイミングを明らかにした。着床前後では、多能性細胞のナイーブ型からプライム型への変換が起きるが、そのin vitroモデル系として、ES細胞(ナイーブ型)からEpiSC細胞(プライム型)への転換を効率よく行う実験系を確立した。
2: おおむね順調に進展している
X染色体不活性化の開始に重要な働きを持つ非翻訳型RNAであるXistとそのアンチセンスRNAであるTsixの発現パターンをwhole-mount 3D RNA-FISH法で解析した結果、受精後4.5日から5.5日胚において、ランダム不活性化が開始することを見出し、子宮への着床(受精後4.5日~4.75日)を契機として、エピゲノム再プログラム化が開始するとの示唆を得た。また、着床前後のエピゲノム変動を解析するための、in vitro実験系として、ナイーブ型多能性幹細胞であるマウスES細胞から、プライム型幹細胞であるEpiSC細胞への効率の良い分化系を世界に先駆けて確立した。この系では、ランダムX染色体不活性化が分化誘導後約3日目に開始し、5-6日目には完了していることが明らかになり、モノアレル遺伝子発現の成立過程の解析に適した実験系であることが確認できた。そこで、アレル特異的発現を検出するために、各転写産物の1塩基多型 (SNP)を利用することとした。日本産亜種マウス (MSM系統、Mus musculus molossinus)と標準系統C57BL/6(B6)の間では、約100塩基に一つSNPが存在するので、この2系統の交配から得られたハイブリッド胚から樹立された雌ES細胞株を材料として、EpiSCへの分化誘導を行った。この分化過程での遺伝子発現変動、および得られたEpiSC株から得られた単一クローンのサブEpiSC株に対して、シングルセルレベルのRNA-Seq解析を現在実施している。以上のように、実験系を確立し、材料の採取がほぼ完了し、実際に1細胞レベルのRNA-Seq解析が進行しているので、当初立案した研究計画を次年度までに完遂させられるものと考えている。
H28年度までに確立した実験系を用いて、現在進行中のRNA-Seq解析を完了させ、その結果を情報学的に解析し、研究計画書に記したように、a)ゲノム刷り込みを受ける遺伝子、b) clonally stable ランダムモノアレル発現 遺伝子、c) 発現が動的に変化する、dynamic ランダムモノアレル発現遺伝子、というカテゴリーに分類し、その染色体上の分布や機能上の特徴などを解析する。また、得られるシングルセルデータを用いれば、同時にX染色体不活性化の成立過程に関する知見も得られるため、X染色体不活性化と上記のモノアレル発現遺伝子との比較解析を行い、それらの共通性、相違点を追究する。
すべて 2017 2016
すべて 雑誌論文 (8件) (うち国際共著 3件、 査読あり 8件、 オープンアクセス 2件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (7件) (うち国際学会 3件、 招待講演 3件) 図書 (1件) 産業財産権 (1件) (うち外国 1件)
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